眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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エピローグ

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 綺麗な夜景もなければ高価な料理もなく、お洒落な服でもなければサプライズでもない。
 しかし夢穂は、身体の芯が打ち震えるのを感じた。
 影雪らしい嘘のない言葉。
 どんな時も、自然の一部のように飾らない。
 夢穂はそんな彼だから好きになった。

「……うん、楽しみにしてるわね」

 頬を赤らめた夢穂と、目尻を染めた影雪の視線が絡み合う。
 どんな絶景も、今の二人の前ではかすむだろう。
 それほど互いしか見えない、幸福な瞬間だが。
 
「これはこれは、今日も一日仲睦まじいことで」

 二人暮らしではないので、こうなることもよくある。
 優しい声音に指摘され、夢穂と影雪はようやく業華がいることに気づいた。
 寺社の用事を終えたので、夕飯作りの様子を見に来たらしい。
 ちなみに気づいたのが今、というだけで、だいぶ前から二人の真後ろに立っている。
 いくら自分たちだけの世界に召されていたとはいえ、ここまで接近してガン見しても大妖怪の影雪にすら警戒されないとはさすが業華だ。悟りを開いているだけのことはある。

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん、いるならそう言ってよ、びっくりするじゃないっ」
「いやあ、無事に帰ってからというもの、あなた方の纏う空気の甘ったるさや、もはや栗きんとんを凌駕する勢いですねぇ」

 焦った夢穂は顔を火照らせ、咄嗟に影雪と距離を取った。
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