眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
158 / 175
愛のために戦いましょう。

12

しおりを挟む
 ほのかな匂いを追い、影雪が走り抜ける。
 大好きな匂いだ。絶対に間違えはしない。
 やがてたどり着いた目的地で、その足は止まる。
 強い重力がかかっているような、息苦しく暗鬱な雰囲気。
 何より色濃く香る夢穂の形跡が、ここが核の部分だと教えてくれた。

「憎らしや、憎らしや、わらわを蔑ろにし、平然と生きとし生ける者どもよ」

 どこからか、声がする。
 低くかすれながらも、女が出すような音だ。

「あやかし風情が、よくもここまで入り込んだな」

 一見すれば黒のみの世界だ。
 しかし、影雪は視線の先にある闇の壁が、わずかに震えるのを認めた。

「……夢穂はどこだ?」

 横一線に裂けた空間はアーモンド状に開き、白い眼球の中央には小さな海色の瞳がついている。
 影雪の背丈の二倍はあるだろう、ぬるりと闇を移動するそれは、遥か高みから影雪を見下した。まるで自らを力を見せつけるように。

「一介の俗物が、神と対等に話ができると思うなよ」

 影雪は「そうか」と軽くつぶやくと、腰を落とし軸足に力を入れた。

「ならお前は用済みだな」

 鞘を握った左手親指で、つばはじくように押し上げる。
 開いた右手を柄の直前で止め、影雪は集中し、気を高める。
 ぼんやりと浮かぶ雪色のオーラが、次第に鮮明に影雪の周りを囲んだ。
 四方から攻める複数の手は、その空気中に入り込めず跳ね退けられる。

「ふん、こしゃくだがここまで来ただけのことはある、残さず食ろうてわらわの一部にしてやろう、この世を制する神の肥やしとなれるのだ、喜ぶがいい」
「ずいぶん無駄話が好きだな、話し相手でも欲しかったのか」

 影雪の冷淡な言葉に、かつて神であった化け物は、図星を突かれたかのように怒りを露わにした。
 白い眼球に紋が浮かぶ。
 中央の瞳を取り囲む海色の斜光。
 それは夢穂がご祈祷する時の、あの紋様に酷似していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜
キャラ文芸
願いを一つ叶える代わりに人間の寿命をいただきながら生きている神と呼ばれる存在たち。その一人の蛇神、蛇珀(じゃはく)は大の人間嫌いで毎度必要以上に寿命を取り立てていた。今日も標的を決め人間界に降り立つ蛇珀だったが、今回の相手はいつもと少し違っていて…? 神と人との理に抗いながら求め合う二人の行く末は? 人間嫌いであった蛇神が一人の少女に恋をし、上流神(じょうりゅうしん)となるまでの物語。

処理中です...