眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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愛のために戦いましょう。

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 ほのかな匂いを追い、影雪が走り抜ける。
 大好きな匂いだ。絶対に間違えはしない。
 やがてたどり着いた目的地で、その足は止まる。
 強い重力がかかっているような、息苦しく暗鬱な雰囲気。
 何より色濃く香る夢穂の形跡が、ここが核の部分だと教えてくれた。

「憎らしや、憎らしや、わらわを蔑ろにし、平然と生きとし生ける者どもよ」

 どこからか、声がする。
 低くかすれながらも、女が出すような音だ。

「あやかし風情が、よくもここまで入り込んだな」

 一見すれば黒のみの世界だ。
 しかし、影雪は視線の先にある闇の壁が、わずかに震えるのを認めた。

「……夢穂はどこだ?」

 横一線に裂けた空間はアーモンド状に開き、白い眼球の中央には小さな海色の瞳がついている。
 影雪の背丈の二倍はあるだろう、ぬるりと闇を移動するそれは、遥か高みから影雪を見下した。まるで自らを力を見せつけるように。

「一介の俗物が、神と対等に話ができると思うなよ」

 影雪は「そうか」と軽くつぶやくと、腰を落とし軸足に力を入れた。

「ならお前は用済みだな」

 鞘を握った左手親指で、つばはじくように押し上げる。
 開いた右手を柄の直前で止め、影雪は集中し、気を高める。
 ぼんやりと浮かぶ雪色のオーラが、次第に鮮明に影雪の周りを囲んだ。
 四方から攻める複数の手は、その空気中に入り込めず跳ね退けられる。

「ふん、こしゃくだがここまで来ただけのことはある、残さず食ろうてわらわの一部にしてやろう、この世を制する神の肥やしとなれるのだ、喜ぶがいい」
「ずいぶん無駄話が好きだな、話し相手でも欲しかったのか」

 影雪の冷淡な言葉に、かつて神であった化け物は、図星を突かれたかのように怒りを露わにした。
 白い眼球に紋が浮かぶ。
 中央の瞳を取り囲む海色の斜光。
 それは夢穂がご祈祷する時の、あの紋様に酷似していた。
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