156 / 175
愛のために戦いましょう。
10
しおりを挟む
業華と別れた影雪は、出入り口となっている鳥居に向かった。
それは以前と変わらず洞穴内で佇んでいたが、明らかな違いが一つあった。
門の中心に、すでに波紋ができている。
通紋保有者が触れなければ出現しないはずの道が、開け放し状態だ。
どす黒く澱んだ水紋からは、禍々しいオーラが漏れ出している。
だが、そんなことは問題ではない。
影雪は駆け抜ける勢いのまま、その中に飛び込んだ。
視界が闇に覆われる。
降り立った場所はどこまでも続く、黒墨の世界だった。
人間とあやかしの世界の継ぎ目に、大きくできた歪み。
影雪は視覚に頼るのをやめ、他の感覚を際立たせた。
やがて鼓膜が拾った微かな異音に、影雪は鞘から抜いた氷天丸を振り切った。
背後から襲いかかった触手の影が、影雪の刀に両断され霞のように消える。
しかしそれだけでは終わらない。
耳を澄ませば、何かが蠢くような、這いずるような音が無数に聞こえてくる。
闇に溶け込むその実態は、周到に客人を待ち構えていたようだ。
鋭くしなる鞭が、四方から一度に奮われる。
影雪は身体を回転させながら、道を作るように切り進めていく。
が、どれだけ刻んでも同じことだ。
奥から無限に押し寄せてくる波は、真っ黒な海のようだった。
――くっ、これでは先に進めん。
一秒でも早く夢穂の元に向かいたいのに、足止めを食らった影雪は苦渋に顔を顰めた。
その瞬間、暗闇が眩い星屑で照らされる。
紫水晶のように高貴な光を受け、触手たちが殲滅された。
その背景には、光と同じ瞳をした主が堂々たる姿で立っていた。手には三日月のように反り返った黄金色の刀が握られている。
恐れる様子など微塵もない。
それどころか、まるで宴でも始まるかのように愉しげな面持ちをした父を、影雪はよく開いた目で見ていた。
「この時を待ち詫びておったぞ」
神の懐に潜り込めるのは、眠りの巫女である夢穂だけだと推測していた。
希望を失くしてもなお、この世に留まろうとする夢穂の願いが波乱を起こす。
これこそ残月が期待していたことだった。
普段は隠れている次元の狭間を、外側から攻撃することはできない。
内側から夢穂が抵抗することで、形を保っておられず外に飛び出す、その瞬間を狙っていたのだ。
対する眠りの神もまた、これをきっかけに今まで蓄えた生命力を爆発させ再起を図ろうとしていた。
危機を好機と転ずるは、神か、それとも。
それは以前と変わらず洞穴内で佇んでいたが、明らかな違いが一つあった。
門の中心に、すでに波紋ができている。
通紋保有者が触れなければ出現しないはずの道が、開け放し状態だ。
どす黒く澱んだ水紋からは、禍々しいオーラが漏れ出している。
だが、そんなことは問題ではない。
影雪は駆け抜ける勢いのまま、その中に飛び込んだ。
視界が闇に覆われる。
降り立った場所はどこまでも続く、黒墨の世界だった。
人間とあやかしの世界の継ぎ目に、大きくできた歪み。
影雪は視覚に頼るのをやめ、他の感覚を際立たせた。
やがて鼓膜が拾った微かな異音に、影雪は鞘から抜いた氷天丸を振り切った。
背後から襲いかかった触手の影が、影雪の刀に両断され霞のように消える。
しかしそれだけでは終わらない。
耳を澄ませば、何かが蠢くような、這いずるような音が無数に聞こえてくる。
闇に溶け込むその実態は、周到に客人を待ち構えていたようだ。
鋭くしなる鞭が、四方から一度に奮われる。
影雪は身体を回転させながら、道を作るように切り進めていく。
が、どれだけ刻んでも同じことだ。
奥から無限に押し寄せてくる波は、真っ黒な海のようだった。
――くっ、これでは先に進めん。
一秒でも早く夢穂の元に向かいたいのに、足止めを食らった影雪は苦渋に顔を顰めた。
その瞬間、暗闇が眩い星屑で照らされる。
紫水晶のように高貴な光を受け、触手たちが殲滅された。
その背景には、光と同じ瞳をした主が堂々たる姿で立っていた。手には三日月のように反り返った黄金色の刀が握られている。
恐れる様子など微塵もない。
それどころか、まるで宴でも始まるかのように愉しげな面持ちをした父を、影雪はよく開いた目で見ていた。
「この時を待ち詫びておったぞ」
神の懐に潜り込めるのは、眠りの巫女である夢穂だけだと推測していた。
希望を失くしてもなお、この世に留まろうとする夢穂の願いが波乱を起こす。
これこそ残月が期待していたことだった。
普段は隠れている次元の狭間を、外側から攻撃することはできない。
内側から夢穂が抵抗することで、形を保っておられず外に飛び出す、その瞬間を狙っていたのだ。
対する眠りの神もまた、これをきっかけに今まで蓄えた生命力を爆発させ再起を図ろうとしていた。
危機を好機と転ずるは、神か、それとも。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
蛇に祈りを捧げたら。
碧野葉菜
キャラ文芸
願いを一つ叶える代わりに人間の寿命をいただきながら生きている神と呼ばれる存在たち。その一人の蛇神、蛇珀(じゃはく)は大の人間嫌いで毎度必要以上に寿命を取り立てていた。今日も標的を決め人間界に降り立つ蛇珀だったが、今回の相手はいつもと少し違っていて…?
神と人との理に抗いながら求め合う二人の行く末は?
人間嫌いであった蛇神が一人の少女に恋をし、上流神(じょうりゅうしん)となるまでの物語。
ナマズの器
螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。
不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
鬼の閻火とおんぼろ喫茶
碧野葉菜
キャラ文芸
ほっこりじんわり大賞にて奨励賞を受賞しました!ありがとうございます♪
高校を卒業してすぐ、急逝した祖母の喫茶店を継いだ萌香(もか)。
気合いだけは十分だったが現実はそう甘くない。
奮闘すれど客足は遠のくばかりで毎日が空回り。
そんなある日突然現れた閻魔大王の閻火(えんび)に結婚を迫られる。
嘘をつけない鬼のさだめを利用し、萌香はある提案を持ちかける。
「おいしいと言わせることができたらこの話はなかったことに」
激辛採点の閻火に揉まれ、幼なじみの藍之介(あいのすけ)に癒され、周囲を巻き込みつつおばあちゃんが言い残した「大切なこと」を探す。
果たして萌香は約束の期限までに閻火に「おいしい」と言わせ喫茶店を守ることができるのだろうか?
ヒューマンドラマ要素強めのほっこりファンタジー風味なラブコメグルメ奮闘記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる