眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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愛のために戦いましょう。

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 業華と別れた影雪は、出入り口となっている鳥居に向かった。
 それは以前と変わらず洞穴内で佇んでいたが、明らかな違いが一つあった。
 門の中心に、すでに波紋ができている。
 通紋保有者が触れなければ出現しないはずの道が、開け放し状態だ。
 どす黒く澱んだ水紋からは、禍々しいオーラが漏れ出している。
 だが、そんなことは問題ではない。
 影雪は駆け抜ける勢いのまま、その中に飛び込んだ。

 視界が闇に覆われる。
 降り立った場所はどこまでも続く、黒墨の世界だった。
 人間とあやかしの世界の継ぎ目に、大きくできたひずみ。
 影雪は視覚に頼るのをやめ、他の感覚を際立たせた。
 やがて鼓膜が拾った微かな異音に、影雪は鞘から抜いた氷天丸を振り切った。
 背後から襲いかかった触手の影が、影雪の刀に両断され霞のように消える。
 しかしそれだけでは終わらない。
 耳を澄ませば、何かが蠢くような、這いずるような音が無数に聞こえてくる。
 闇に溶け込むその実態は、周到に客人を待ち構えていたようだ。
 
 鋭くしなる鞭が、四方から一度に奮われる。
 影雪は身体を回転させながら、道を作るように切り進めていく。
 が、どれだけ刻んでも同じことだ。
 奥から無限に押し寄せてくる波は、真っ黒な海のようだった。
 ――くっ、これでは先に進めん。
 一秒でも早く夢穂の元に向かいたいのに、足止めを食らった影雪は苦渋に顔を顰めた。

 その瞬間、暗闇がまばゆい星屑で照らされる。
 紫水晶のように高貴な光を受け、触手たちが殲滅された。
 その背景には、光と同じ瞳をした主が堂々たる姿で立っていた。手には三日月のように反り返った黄金色こがねいろの刀が握られている。
 恐れる様子など微塵もない。
 それどころか、まるで宴でも始まるかのように愉しげな面持ちをした父を、影雪はよく開いた目で見ていた。

「この時を待ち詫びておったぞ」

 神のふところに潜り込めるのは、眠りの巫女である夢穂だけだと推測していた。
 希望を失くしてもなお、この世に留まろうとする夢穂の願いが波乱を起こす。
 これこそ残月が期待していたことだった。
 普段は隠れている次元の狭間を、外側から攻撃することはできない。
 内側から夢穂が抵抗することで、形を保っておられず外に飛び出す、その瞬間を狙っていたのだ。
 対する眠りの神もまた、これをきっかけに今まで蓄えた生命力を爆発させ再起を図ろうとしていた。
 危機を好機と転ずるは、神か、それとも。
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