眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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愛のために戦いましょう。

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 少女たちの足音が遠ざかっていくと、業華は前方の切れ間を見据えた。
 反転した口、あるいは目の形に似たそれは、墨が半紙ににじむようにじわじわと空間への侵食を広げる。

「哀れな、もはやご自分がどのような醜態を晒しているのかさえ、気づけないのですねぇ」

 焼かれたはずの蔓の手が、再度形成され、宙を泳ぐ。
 業華は両の足を開き、姿勢を低くし力を入れる。
 そして茜色の数珠を持った手と手を合わせ、静かに経を唱え始めた。
 焼きついたこの感覚は、かつての遣い人と修行僧を燃やした時のものだ。
 遣い人を神の代弁者と宣い、その権力を利用し贅の限りを尽くした住職、それに便乗した数多の修行僧たち。
 唯一染まらなかった業華に通紋と神託が降りた時、彼らは寄ってたかって業華を亡き者にしようとした。
 ――もう、彼らはダメだ。
 業華は苦渋の決断を下すと同時に、不遇な宿命を負う眠りの巫女たちを命ある限り支えると誓った。
 その強い念が具現化するように、彼らの魂は業華の体内に吸収された。
 時に腕、時に足、時には心臓の辺りが、じくじく疼く。
 遥か昔の所業でありながら、未だに彼らの憎しみは業華の中で蠢きを見せる。
 そして皮肉にもそのおんが、業華の力を増大させる。
 ごうを糧とし華を成す。
 だから彼は業華なのだ。
 影を囲むように現れた火の玉は、みるみるうちに激しさを増す。
 
「あなたもさぞ苦しまれたことでしょう……もう、おやすみなさい」

 灼熱が地獄の夢を見せる。
 妖しく光る真紅の瞳。
 そこにはもう、迷いはなかった。
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