眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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眠りの巫女の運命は?

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 それから嘘のように、穏やかな時が流れた。
 夢穂は高校生らしく、夏休みを過ごした。
 沙子の陸上大会の観戦に行きめいっぱい応援をしたり、美菜の試作スウィーツを食べすぎて胃の調子が悪くなったりした。
 それにしてもレモンタルトは絶品だったので、きっと立派なパティシエになれるだろう。大人になれば「陸上選手の沙子への差し入れに、カロリー制限オーバーの糖分を持ち込もう」と笑いながら美菜と話した。

 影雪は少し、箸が使えるようになった。
 まだ持ち方はおかしいが、もたもたしながらもがんばる姿が微笑ましかった。
 果物や野菜の皮むきは、氷天丸を使用した時のみ、やはり巨匠の域だった。
 なぜかそれ以外の刃物だと、手を切りそうになるので夢穂がやめさせた。
 なんのために果物ナイフがあるのか。
 実に包丁職人泣かせなあやかしだと夢穂は思った。

 業華は何も変わらなかった。
 毎日同じ時間に起き、同じ時間に床につく。
 質素で、堅実で、煩悩を母の腹の中に忘れてきたような人。
 「お兄ちゃんて、神仏が具現化したみたい」
 夢穂がそうつぶやけば、業華は思った通りに「そんなわけないでしょう」と困ったように笑いながら返した。
 それから「私はただの弱虫ですよ」とも。

 夢穂は青葉色をした、ざらざらとした手触りの湯飲みを両手で持ち、そっと口元へ運んだ。
 夕暮れになり、寺社が閉まる頃、縁側で一休みすることがある。
 学校がない日は巫女として勤めている夢穂は、巫女衣装のままだ。
 先日巫女体験に来た女子中学生の母から、菓子折りをもらった。
 薄い檜色の生地に、餡子が入っている。
 影雪はよく噛まずに飲み込もうとするので、盛大に咽せていた。
 「ほら、お茶を飲んで」と夢穂が背中を摩りながら言うと、冷ましもせずに思いきり口をつけ、今度は火傷を負っていた。
 影雪が来て一月ひとつき近く経つので、もうこんなことで動揺しない。
 ――狐のくせに猫舌なんだから。
 夢穂はそう思いながら、冷たい水を取りに台所に向かった。
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