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眠りの巫女の運命は?
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「嫌なことは考えなくてよいのです、私はあなたに、心健やかに過ごしてほしいだけですから」
テストでいい点を採った時の顔だ。
夢穂はこの笑顔で褒められるのが嬉しかった。
「お兄ちゃん」
「なんですか?」
「私……これからもずっと、みんなと一緒に暮らせるよね?」
「当たり前でしょう」
業華は、嘘がうまいと思う。
つき慣れてしまったからだろうか。
そもそも影雪が気づいている夢穂の不眠を、業華が見落とすはずもない。
なんでもできる業華が、何も知らないはずのない業火が、これ以上言わないのは、言えないからだ。
どれだけ尽くして、育ててくれたかを知っている。
だから、憎いせいではないことは、痛いほどわかっていた。
「しかしみんな、とは……よかったですねぇ影雪、あなたも数に入っているようですよ」
半ば面白がるように業華に言われ、影雪は目をパチクリさせた。
「あ……そういえば今日、見習いの巫女さんが来るって言ってたわよね」
「あなたは休んでいて大丈夫ですよ、作法くらい私も教えられますし」
「大丈夫だって、私がする、あっ、着替えてこなくちゃ」
早口で言いながら立ち上がった夢穂は、朝食も忘れ急ぎ足で部屋を出ていった。
夢穂が去った襖を眺めた後、業華は食器の片付けに取りかかった。
何事もなかったかのように流し台の前に立つ。そんな業華に、腰を上げた影雪が歩み寄った。
「夢穂は、自分の境遇を知りたがっているぞ、本当のことを」
石鹸をつけたスポンジが、茶碗や湯飲みの表面を滑ってゆく。
銀色の蛇口から、水が流れる。
泡が落ちた食器を水切り台に置くと、業華が蛇口を捻った。
「私が初めて眠りの巫女に会ったのも、こんな季節の朝でした」
早起きのひぐらしが鳴く、神仏習合、奈良時代の癒枕寺神社を、業華は思い出していた。
離れに幽閉されるように、祈りのためだけに生かされていた少女は、業華に眠りのすべてを教えた。
テストでいい点を採った時の顔だ。
夢穂はこの笑顔で褒められるのが嬉しかった。
「お兄ちゃん」
「なんですか?」
「私……これからもずっと、みんなと一緒に暮らせるよね?」
「当たり前でしょう」
業華は、嘘がうまいと思う。
つき慣れてしまったからだろうか。
そもそも影雪が気づいている夢穂の不眠を、業華が見落とすはずもない。
なんでもできる業華が、何も知らないはずのない業火が、これ以上言わないのは、言えないからだ。
どれだけ尽くして、育ててくれたかを知っている。
だから、憎いせいではないことは、痛いほどわかっていた。
「しかしみんな、とは……よかったですねぇ影雪、あなたも数に入っているようですよ」
半ば面白がるように業華に言われ、影雪は目をパチクリさせた。
「あ……そういえば今日、見習いの巫女さんが来るって言ってたわよね」
「あなたは休んでいて大丈夫ですよ、作法くらい私も教えられますし」
「大丈夫だって、私がする、あっ、着替えてこなくちゃ」
早口で言いながら立ち上がった夢穂は、朝食も忘れ急ぎ足で部屋を出ていった。
夢穂が去った襖を眺めた後、業華は食器の片付けに取りかかった。
何事もなかったかのように流し台の前に立つ。そんな業華に、腰を上げた影雪が歩み寄った。
「夢穂は、自分の境遇を知りたがっているぞ、本当のことを」
石鹸をつけたスポンジが、茶碗や湯飲みの表面を滑ってゆく。
銀色の蛇口から、水が流れる。
泡が落ちた食器を水切り台に置くと、業華が蛇口を捻った。
「私が初めて眠りの巫女に会ったのも、こんな季節の朝でした」
早起きのひぐらしが鳴く、神仏習合、奈良時代の癒枕寺神社を、業華は思い出していた。
離れに幽閉されるように、祈りのためだけに生かされていた少女は、業華に眠りのすべてを教えた。
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