眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
135 / 175
眠りの巫女の運命は?

3

しおりを挟む
 しばらくして、夢穂と影雪は寝室を出ると、神社と寺院を繋ぐ道を渡った。
 その先にある居間では、今朝も変わらずいい匂いが漂っていた。
 アサリ汁と、炊き込みご飯。
 目にしなくても、献立がわかる。
 襖を開くと、台所には袈裟に割烹着姿をした業華がいた。その右目の通紋は完全な形に戻っている。

「おはようございます、夢穂、影雪、疲れたでしょう。さあ、ゆっくり召し上がってください」

 拍子抜けするほどの、いつもと変わらない光景。
 黒塗りの盆に、夢穂が想像していた食事が載せられ運ばれる。 

「見習いの僧侶からよい山菜をいただいたので、ご飯に混ぜてみました、夢穂の好きなしめじも入れていますよ」
「あ……う、うん」

 流れるような日常に、夢穂は思わず返事をした。
 「座らないのですか」と業華に促され、夢穂と影雪は各自の食卓の前に鎮座する。
 業華は最後に自分の配膳を済ますと、脱いだ割烹着を丁寧にたたみ、床の上に置いた。
 座布団に正座をし、手を合わせる。
 背筋をぴんと伸ばし、正しい箸の持ち方で、音を立てずに食を進める。
 夢穂はとても、手をつける気にならなかった。
 夢穂が食べないので、影雪もあぐらをかいたまま動かない状態が続いた。

 やがて夢穂は、緊張を抑えながら、口を開いた。
 あやかしの世界であったこと、わかったことをすべて打ち明けた。
 業華が取り乱す様子はなかった。
 箸を止めることすらせず、時折頷いた。
 まるで学校の行事の報告を聞くかのように、淡々としていた。
 夢穂が話し終えた後、茶碗に米粒一つ残さなかった業華は、箸を置いた。

「そうでしたか、よくがんばりましたね」

 あっけに取られるほど、ありふれた言葉だった。

「……それ、だけ? だって、私のせいで」
「夢穂」

 続きを言わせないように、業華が声をかぶせた。
 向かい合って座っていた業華は、にこりと笑った。
 その顔を、夢穂は何度も見たことがあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

満月の夜に烏 ~うちひさす京にて、神の妻問いを受くる事

六花
キャラ文芸
第八回キャラ文芸大賞 奨励賞いただきました! 京貴族の茜子(あかねこ)は、幼い頃に罹患した熱病の後遺症で左目が化け物と化し、離れの陋屋に幽閉されていた。一方姉の梓子(あづさこ)は、同じ病にかかり痣が残りながらも森羅万象を操る通力を身につけ、ついには京の鎮護を担う社の若君から求婚される。 己の境遇を嘆くしかない茜子の夢に、ある夜、社の祭神が訪れ、茜子こそが吾が妻、番いとなる者だと告げた。茜子は現実から目を背けるように隻眼の神・千颯(ちはや)との逢瀬を重ねるが、熱心な求愛に、いつしか本気で夢に溺れていく。しかし茜子にも縁談が持ち込まれて……。 「わたしを攫ってよ、この現実(うつつ)から」

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜
キャラ文芸
願いを一つ叶える代わりに人間の寿命をいただきながら生きている神と呼ばれる存在たち。その一人の蛇神、蛇珀(じゃはく)は大の人間嫌いで毎度必要以上に寿命を取り立てていた。今日も標的を決め人間界に降り立つ蛇珀だったが、今回の相手はいつもと少し違っていて…? 神と人との理に抗いながら求め合う二人の行く末は? 人間嫌いであった蛇神が一人の少女に恋をし、上流神(じょうりゅうしん)となるまでの物語。

お命ちょうだいいたします

夜束牡牛
キャラ文芸
一つの石材から造り出された神社の守り手、獅子の阿形(あぎょう)と、狛犬の吽形(うんぎょう)は、祟り神を祀る神社に奉納されますが、仕えるべき主と折り合い上手くいかない。 そんな時、カワセミと名乗る女が神社へと逃げ込んできて、二対の生まれ持った考えも少しづつ変わっていく。 どこか狂った昔の、神社に勤める神獣と素行が悪い娘の、和風ファンタジー。 ●作中の文化、文言、単語等は、既存のものに手を加えた創作時代、造語、文化を多々使用しています。あくまで個人の創作物としてご理解ください。

【長編】座敷童子のパティシエールとあやかしの国のチョコレート

坂神美桜
キャラ文芸
ショコラティエの穂香は、京都に自分の店を持つことになった。 開店準備をしていると、求職中だというパティシエールの瑠璃にこの店で働かせてほしいと猛アタックされる。 穂香は瑠璃の話を聞いているうちに仲間意識を感じ、そのまま採用してしまう。 すると突然あやかしの住む国へ飛ばされてしまい、そこで待っていた国王からこの国に自生しているカカオでチョコレートを作って欲しいと頼まれ…

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

仲町通りのアトリエ書房 -水彩絵師と白うさぎ付き-

橘花やよい
キャラ文芸
スランプ中の絵描き・絵莉が引っ越してきたのは、喋る白うさぎのいる長野の書店「兎ノ書房」。 心を癒し、夢と向き合い、人と繋がる、じんわりする物語。 pixivで連載していた小説を改稿して更新しています。 「第7回ほっこり・じんわり大賞」大賞をいただきました。

処理中です...