眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
131 / 175
歪みの原因はそれでしたか。

28

しおりを挟む
「夢穂、通紋が……」

 次に夢穂に訪れたのは、影雪のぬくもりではなく、深刻そうな声だった。
 目を開けその意図を理解した夢穂は、焦って顔を触った。
 しかし、感触では何もわからない。

「えっ、どうしたの、通紋が」
「消えかかっている」

 業火から授かった通紋は、あくまで仮だ。
 丸二日と経たないうちに、夢穂の右目尻からその姿を消そうと薄れ始めていた。

「まずいな、鳥居まで間に合うか」
「え、影雪はっ?」

 緊急事態に戸惑った夢穂から、つい本音が漏れる。
 今しがた残れと言ったところなのに、その手は影雪の着物の袖を引いていた。
 
「行くに決まっている」

 影雪は夢穂を落ち着かせるように微笑むと、立ち上がって氷天丸を鞘から抜いた。
 影雪の振り下ろした刃に沿って、空間に亀裂が走る。
 夢穂の手から、リンゴ飴が滑り落ちる。
 膝から崩れ落ち、地面に両手をついた。

「こうした方が早く戻れるだろう、夢穂、早く中に」
「なんで……?」
「俺が思うに、鳥居に近い方が空間を切りやすい、津波を止めた時は何も起こらなかったしな」
「そうじゃなくてっ」

 夢穂の青ざめた顔を見て、影雪はようやくその意味に気がついた。

「なんで……眠りは解決したはずなのに、空間の歪みが治ってないの」

 影雪は見開いた目で、動きを止めた。
 切り裂いた空間からは、あの次元の狭間のような暗い宇宙が垣間見えていた。
 しかもその傷は、以前より容易くできたと影雪は感じていた。
 
 眠りが乱れていたのは間違いない。墓荒らしを抑え、匂い袋で処置したことにより、その件は解決を迎えた。
 しかしそれは、あくまでこの世界の問題にとどまり、空間に影響を及ぼすほどではなかった。
 空間と眠りが深く関係していることはわかっている。
 原因がこちらでないとしたら、残る可能性は一つしかなかった。
 その条件が導き出す答えを、夢穂はついに突きつけられた。

 歪みの原因は、私――?
しおりを挟む

処理中です...