眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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歪みの原因はそれでしたか。

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「ようやく手に入れ急ぎ帰路に着いた頃には、あやつはすでにこときれておった。結果、救いもできず死に目にも会えぬという体たらくであった」

 明かされた事実は、影雪だけならず、夢穂と八重太にも衝撃を与えた。
 それでも他人事のように淡々と話す残月に、影雪の中に堪えていたものが溢れ出すのを感じた。

「どうして、あんなに冷静でいられた、そんなに総大将としての体裁が大事か、俺は、俺は……かっこ悪くてもいいから、涙の一つくらい流してほしかった……!」

 奥歯を噛みしめ、絞り出すように言った影雪の本心に、残月は鋭い目を向けた。
 本気で向かい合うための、真剣な面持ちだった。

「貴様には貴様の考えがあるように、我には我の考えがある、我は涙を流さぬ、過去は振り返らぬ……でなければ、病床に伏せれども弱音一つ漏らさなんだあやつに顔向けができぬゆえな」

 大切な女に愛された生き様を貫くこと。
 それが残された自分にできるせめてものはなむけだと、残月は信じている。
 影雪は目を見張ったまま動きを止めていた。
 やがて張り詰めた空気を崩したのは、残月の破顔だった。
 いつものような、皮肉を込めた意地悪い笑みではない。
 慈しむような、体温まで伝わりそうな、優しい微笑みだった。

「貴様の母は誠美しく聡明な銀狐であった、あやかしの命は長きに渡れども、我が恋慕うのはあやつただ一人、それはこれからも変わらぬ」

 影雪はようやく、残月の真意を受け止めた。
 遠回りし、時間はかかったが、きちんと収まるべき場所へたどり着いた。
 ほんの一歩踏み出す勇気があればよかったのだ。目には見えない親子の絆を、影雪は今確かに感じていた。

「……最初からそう言ってくれたなら、俺も」
「聞く耳すら持たず家出をしたバカ息子はどこの誰だったか?」

 残月の指摘に、影雪は「うっ」と言葉に詰まり気まずそうな顔をした。
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