眠りの巫女と野良狐

歪みの原因はそれでしたか。

17

　両親は八重太が生まれてすぐ、家を出た。
　法で縛られる婚姻制度がないあやかしの世界では、よくあることだ。
　それでも祖母は、八重太を守り一緒に暮らしてくれた。
　そんな祖母に恩返しがしたくて、強いあやかしになりたいと鍛錬にも励んでいた。
　なのにどうして、あの日は喧嘩をしてしまったのだろう？
　思い出すことすら難しいほど、本当にささいで、下さらないことがきっかけだった。
　だから家に帰ればまた、どうせ祖母はまたけろっとして夕飯の支度をしているだろう。
　そう思っていたのに、突然の病で倒れ、もう二度と会えなかった。
　謝罪も、感謝の言葉も、何一つ伝えられないままに。
　　
「ばあちゃん……ばあちゃあぁぁんーーっ！」

　ありがとうとごめんなさいを繰り返しながら、八重太は優しい夢の中で赤子のように泣いた。
　ほのかにかすれ、消えてゆく祖母は最後まで朗らかな表情で見守り、八重太のすべてを許してくれるようだった。

　しゃくり上げる音が徐々に治まり、再び霊園が静けさを取り戻した頃、八重太の口から次に出たのは、夢穂と影雪への謝罪だった。
　
「ごめんなさい、姉ちゃんも、影雪も、迷惑かけて、大事な相手亡くして辛いのはおいらだけじゃねえのに、自分のことばかり考えて……こんな神聖な場所を荒らすなんて、とんでもねえことしちまった」

　八重太は鼻をすすり、涙を拭うと顔を上げた。
　
「おいら、残月様に謝りに行く」

　夢穂と影雪は互いに顔を見合わせると、もう一度八重太を見た。
　その顔には寂しさは残るものの、先ほどの悲壮さは窺えなかった。

「本当にわざわざ自分から言いに行くの？　残月に首を刎ねられちゃうかもしれないわよ？」

　立ち上がった夢穂は、八重太の気持ちを試すように聞いてみせた。
　それでも八重太は怯むことなく、真剣な眼差しで夢穂に答える。

「おいらも天国に行きたいから、またばあちゃんに会いたいから、もう絶対悪いことしねえって、ちゃんと謝りに行く！」