眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
118 / 175
歪みの原因はそれでしたか。

15

しおりを挟む
 影雪は夢穂の前に出た。
 すぐ側で、今にも悲鳴を上げそうな八重太と対峙した。

「それが、お前の言っていたいいことか、その手の傷も、芋掘りのせいではなかったのだな」

 「そうだよ」と八重太は言う。
 背の高い影雪を見上げ、許しを乞うように文字を吐く。

「あんなに元気だったのに、急に倒れて、そのまま埋められちまうなんて、きっと眠ってるだけなんだ、だからおいらが起こしてやればまた」
「八重太」
「影雪だって会いたいだろ!? あんなに母ちゃんのこと大好きだったじゃねえか、ここを壊せば影雪の母ちゃんだって生き返るかもしれねえだろ!」

 叫びを終えた八重太の、浅い呼吸音だけが墓地を包む。
 影雪は表情を乱すことなく、まだ小さな八重太を見ていた。
 母を亡くした時の自分と重なり辛かったが、だからこそわかることもあった。
 どんなに悲しくても、現実は変わらない。
 そしてそれを、受け入れなければ前に進めないことも。

「お前の気持ちはよくわかる」
「だったら」

 影雪は目を伏せ首を横に振ると、もう一度八重太をしかと見据えた。

「どれだけ願おうと悔やもうと、失った者は二度と帰らない、だからこそ命は尊いのだ」

 八重太は光をなくした気がした。
 現実から目を逸らした、嘘の光だ。
 それでもすがってみたかった。
 いけないと頭で理解していても、心の拠り所にしたかった。

 夢穂と影雪も、わかっていた。
 土を耕した後に戻した形跡が見られたのは、証拠を隠すためではなく、本当は悪いことをしていると知っていたからだと。

 八重太の瞼いっぱいに溜まった雫が、あきらめと解放とともにはらはらとこぼれ落ちてゆく。
 その姿を見た夢穂は、胸が焼けるように熱く軋んだ。
 まるで八重太の涙が、直接自分の中に流れ込んでくるようだった。
しおりを挟む

処理中です...