眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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歪みの原因はそれでしたか。

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 顔を見合わせ頷くと、影雪は夢穂を抱え霊園までひとっ飛びする。
 そう、八重太の気配がたどり着いたのは、やはり深夜の霊園だった。

 暗闇に浮かぶ蓮華色の光を纏った敷地内に、夢穂と影雪は足を踏み入れた。
 東西南北、果てが見えないほど広くて平な墓地には、やはり誰もいない。
 ただ一人を除いては。

 藤色の柔らかな草の上を歩き、夢穂と影雪が近づいたのは、前方に見えた小さな影だった。
 墓石の側でしゃがみ込み、一心不乱に草をちぎり、土を掘り返している。
 すぐ背後に誰かが来たことさえ、気づけないようだった。

「……八重太くん」

 夢穂が声をかけると、名前を呼ばれた主はようやく異変を知り、恐る恐る後ろを振り向いた。
 瞳孔が開き、その周りは窪んだように黒ずんで見えた。
 何かに取り憑かれたように墓を荒らしていた八重太は、あの明るさとはまるで別人だった。
 
 重苦しく、物悲しい空気が夜風とともに流れてゆく。
 止まった時を動かすように、夢穂がもう一度、静かに口を開いた。

「どうして、こんなこと?」

 驚きのあまり顔の筋肉さえ動かすのを忘れていた八重太に、次第に変化が訪れる。
 眉間に深く皺を刻み、土にまみれた手をそのままに、夢穂から視線を逸らさずして立ち上がった。
 八重太の口元が震えている。
 言おうとしたことがうまく声にならず、何度も何度も空を切った。

「……だって、眠りがなくなれば」

 突然、夢穂は理解した。
 八重太の幼い顔ににじむ苦悩を前にし、その言葉の続きが見えた。

「ばあちゃんは、帰ってきてくれる」

 大きな赤胴色の瞳には、不可能を可能にしようともがいた悲哀の証が浮かんでいた。
 死は永遠の眠り。
 ならば眠りを破壊すれば、死者は蘇る。
 霊園を乱すことで、八重太は大好きな祖母の帰還を祈っていた。
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