眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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歪みの原因はそれでしたか。

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 ぞくり、肌が粟立つ嫌な感じに、夢穂は背後を振り返った。
 そこには石造りの鳥居があるだけだ。
 夢穂たちが今立っているのは、荒い岩肌の上。夜の波が打ちつける音だけが耳に響く。

「……感じたか?」

 傍らから降ってきた声に、夢穂は顔を上げ影雪を見た。
 その切れ長の目は、平静を保ったままだ。
 しばし、無言で互いの瞳を探るように見つめ合う。やがて沈黙を破ったのは、夢穂の方だった。

「……誰かに、見られてるような気がした」
「ああ、俺もだ、来る時もそうだった」

 夢穂はこくりと頷き、影雪に同調した。
 実はこれは、今初めて感じたわけではない。
 朝に鳥居をくぐった時も、違和感があった。
 目を閉じていてもわかる、暗く澱んだ沼の中にいるような、形のないものに引きずり込まれそうな、そんな異様な雰囲気。
 刹那の行き交いで、二人は同じことを思っていた。
 人間とあやかしの世界を繋ぐ間に……何かがいる――。

 夢穂は形容し難い不安に煽られた。
 自分では認識できない、記憶のずっと深いところに植えつけられた何かに、怯えていた。
 小刻みに震える夢穂を安心させるように、影雪は重なった手を強く握りしめた。

「大丈夫だ、俺がいる、何も怖くないぞ」

 影雪の柔らかな声が、夢穂を現実に引き戻す。

「夢穂のためならなんでもする」

 はらり、はらり、影雪の口にする文字たちは、優しく舞い降りる葉っぱのようだ。
 
「……なんでもって、なに?」
「とにかく、なんでもだ」

 影雪らしい気の抜ける台詞に、夢穂の張り詰めていた糸が緩む。

「もう、いい加減なんだから」
「前に夢穂が言ってくれただろう? 俺がその気になれば、できないことはない、と」

 穏やかで凛とした微笑みに、夢穂は思わずどきりとする。背景にあったはずの、美しい三日月にさえ気づけなかった。
 出会ってまだ日が浅いのに、急に成長したように見える影雪から、夢穂は目を逸らした。

「あ、そろそろ霊園に行かなくちゃ」

 照れ隠しも相まって早口で言う夢穂に、影雪が待ったをかける。
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