眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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歪みの原因はそれでしたか。

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「な、なに、笑ってるのよ」
「いや、あまりに美味そうに食うから俺も嬉しくなった」

 影雪の一口は大きい。
 普段は凛々しく引きしまった口元が、食べる時は獣らしく豪快に開きバリバリ骨まで噛み砕く。
 これが影雪の普段の暮らしなら、人間の世界では上手に食事ができなくて当然だろう。
 そもそも礼儀作法というものは後からできたもので、これがあるがままの姿なのかもしれない、とも夢穂は感じた。

「あやかしの世界ってどんなのだろうって想像してたけど、案外暮らしやすいのね、なんでもあるし、とにかく自然が綺麗」
「そうか? だが人間の世界のように美味い飯や、あそこまで具合のいい布団や枕もないぞ」

 影雪に言われ夢穂はふと、今夜の寝床をどうしようかと思い立った。

「影雪っていつもどこで寝てるの?」
「基本は山の中だ、洞窟か、その辺……適当に寝やすそうな場所で」
「だよねぇ」

 外で寝起きするなら虫除けスプレーくらい持ってきておけばよかったかな、と夢穂が考えていると、何を勘違いしたのか影雪が少ししゅんとした。

「……言いたいことはわかる、あれほど快適な場所で暮らしているなら、野宿は辛いだろう。知っているあやかしのところに泊めてもらうか? たまに誘われて行くこともあるしな、後はまあ、残月のところか」

 急に自信なさそうに、三角の耳がへろへろと下がる。
 どうやら夢穂が虫刺されを心配している様子が、野宿への不安に見えたらしい。
 残月と話をしたいなら、これを機会にしてもいいかも? と一瞬浮かんだ夢穂だったが、やっぱりやめよう、とすぐに考え直した。
 泊まるために行ってしまうことは、今の影雪の暮らしの否定になるような気がしたからだ。
 施設は整っているとはいえ、元々山に住んでいる夢穂にとって自然の中で休むのは特に抵抗はない。
 影雪が一緒なら、ちょっとした野外キャンプでも楽しむような、そんな気分だった。
 つまり、嫌がるどころか楽しんでしまっている自分がいた。
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