眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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歪みの原因はそれでしたか。

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 それから夢穂と影雪は、海辺へと移動した。
 なぜかというと、影雪が空腹を訴えたからだ。
 本来狐はねずみなどを狩って食べる生き物なので、昼間のクリカキではいくら量を摂ろうと物足りなかったらしい。
 仕留めたばかりの哺乳類はちょっと……という夢穂のために、影雪が魚にしようと決めた。
 
 夕紅色ゆうべにいろの陽光が大海原を染める。
 地平の彼方に沈みゆく太陽が透き通った水面みなもに反射すれば、まったく同じ景色がもう一つ生まれる。
 どちらが天地かわからなくなるほど、鏡のように映った空と太陽の丸い頭。
 穏やかな波に揺られ煌めく海は、オレンジ色の宝石を散りばめたように美しい。

 夢穂が自然の織りなす芸術に心を奪われていると、後ろの方から魚の香ばしい匂いが漂ってきた。
 一体いつの間に捕獲したのか、夢穂が振り向いた先には、すでに魚を焼いている影雪の姿があった。
 座るのにちょうどよさそうな岩に腰を据えた影雪は、刀で貫いた大型魚を薪の側の地面に突き立てていた。
 マグロのような大きさをしているが、色と形状はタイだ。赤い身体をした魚と目が合ったような気がして、夢穂は急いで手を合わせた。

「命に感謝、ありがたやありがたや」
「何をやっている、食わないのか?」
「いえ、いただきます」

 波打ち際にいた夢穂は、砂浜にいる影雪の側に駆け寄ると隣の岩に腰を下ろす。
 海水で洗った細い小枝を竹串のように使い、取ってくれた身の一部を受け取った。
 ふうふう、と息を吹きかけ冷ましてから口にすると、やっぱりマグロとタイのような味がした。かなりの美味だ。
 こんなの向こうの世界ならいくらするんだろう? 
 そんなことを考えてしまうのが、人間の嫌なところだなぁと夢穂は思った。

「これの名前ってマグタイとか?」
「タイグロだ」
「そう来たか、惜しかったなぁ」

 つぶやきながら恥じらうこともせず美味しそうに身にかぶりつく夢穂を見ると、いつの間にか影雪は微笑んでいた。
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