眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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輪が広がるのは嬉しいことです。

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「あなたにも渡そうと思って、取っておいたの」

 夢穂は残しておいた匂い袋の一つをスカートのポケットから取り出すと、八重太に渡そうと膝を曲げて手を伸ばした。
 ――しかし、何やらおかしい。
 八重太に以前の活発な調子が見られない。
 それどころか、俯いたまま拳を握りしめ、暗い表情をしていた。
 夢穂が動いたことに気づいた影雪と獄樹も、八重太の近くに集まってきた。

「……姉ちゃん、眠りの巫女だったの?」

 夢穂を眠りの巫女だと知っている。どうやら屋台が賑わっていた時からいたようだ。

「うん、この世界の眠りを少しでも改善できたらいいなぁって、だからこれを」

 夢穂の言葉の途中で、匂い袋が宙を舞った。
 目の前に差し出されたそれを、八重太が思いきり払い退けたからだ。
 突然のことに、夢穂は面食らい声を失った。
 八重太をよく知っている影雪も、同じように驚いていた。

「なんで……なんで眠りを守ろうとすんだよ、そんなものなくなっちまえばいいのに……余計なことすんなよっ!」
「八重太くん!?」

 八重太は泣きそうな顔でめいっぱい叫ぶと、逃げるように走り去っていった。
 呼び止めようとした夢穂の手は空を切り、砂利道には袋にしていた葉っぱと中身の薬草が飛び散っていた。

「あいつ、確かこの間祖母を亡くした狸だったな」
「知ってるの?」

 夢穂が後ろに立っている獄樹を振り返った。

「墓に入った奴らは名前や家族構成くらいは管理されているからな、残月様は書かれた紙を見なくてもすべて頭で覚えておられる」
「ええ、残月ってすごいのね」

 あれだけの敷地を埋め尽くす墓地のあやかしたちを記憶するなど、尋常ではない。
 
「この奇妙な袋の礼に一つ教えてやる、残月様は人間のお前から見れば恐ろしくも映るかもしれねえが、私利私欲で動くような愚かな方じゃねえ、器の広さと先見の明を兼ね備えた方だ、信頼して問題ねえと思うぜ」
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