眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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輪が広がるのは嬉しいことです。

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「夢穂は紛れもない本物の眠りの巫女だ。俺たちの世界から眠りが消えることを心配し、自分にできることをしたいと来てくれた優しい女だ」

 怒りだけだった獄樹の目に、違う感情が揺らめく。
 これほど真剣に語る影雪を、初めて見たからだ。

「俺のことは悪く言われてもかまわない、本当のことだしな。だが、夢穂を貶すのは許さない……がんばっている奴をバカにする奴の方がバカだと、お前だって言っていただろう?」

 影雪の口から出た言葉に、獄樹は複雑な表情を見せた。
 前に会った時の、あの、何か言いたげで、苦しげな顔だ。
 それを見た夢穂は意を決したように獄樹に歩み寄ると、手にしていた匂い袋を差し出した。
 獄樹はそれを一瞥すると、苛立った様子で夢穂を睨んだ。

「なんのつもりだ、まさかそんな得体の知れねえものを俺にやろうって言うんじゃねえだろうな?」
「あら、怖いの?」

 挑発するように薄く笑う夢穂に、獄樹は「なんだと?」とにじり寄る。
 夢穂はたじろぎもせず、背の高い獄樹を見上げたままさらに続けた。

「よく知らない人間が作ったものなんて、怖くて受け取れないんでしょ? もしも変な術にでもかかったら困るしね?」

 すっかり頭に血が上った獄樹はわなわなと身体を震わせた後、夢穂から匂い袋を引ったくるように掴み取った。

「ふざけんな、こんなもん俺が怖がるはずが――」

 ふわり、暖かな匂いが立ち込める。
 記憶の底に押しやっていた、切なくも優しい匂い。
 汗と涙が染み込んだ、少し湿った木造の床。
 吹き込む風の爽やかさと、形を覚えるほど握りしめた竹の刀。
 幼い日の獄樹を包んでいた匂いのすべてが、彼を過去に舞い戻らせる。
 踏みしめる度軋む地面も、交わした刃の重みも、快活に輝いていたあの瞳も、忘れない。忘れられなかった。もう戻れないなら、思い出したくもなかったのに。
 そこにいたのは、ともに切磋琢磨し、剣術に励んでいた影雪だった。
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