眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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輪が広がるのは嬉しいことです。

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「奇うさぎ、ありがとう」
「あたちが今までで一番美味しかった人参の匂いでしたの、こちらこそどうもありがとう」

 三つの赤い目を機嫌よさそうに細める奇うさぎ。
 ふと、夢穂が辺りを見渡せば、あやかしたちは肩を組んだり並べたり、盛大に笑い合ったり、譲り合ったりしている。
 容姿や能力はばらばらでも、そこには目に見えない確かな繋がりがある。
 そんな彼らを見た夢穂は、自分の内に震えるような熱が生まれたのを感じた。

 世界は一つ。
 なぜ……眠りの神はこの世を二つに分断してしまったのだろう?
 本当にそんな必要はあったのだろうか?
 そんなことを考えている自分に気づいた夢穂は、なぜか急激に怖くなり、頭を横に振った。
 神の正義を疑うなんて許されない、私は眠りの巫女なんだから――。
 夢穂がそう言い聞かせながら、思考を振り払った時だった。

「お前ら、何してやがる」

 低くかすれたような声に、その場にいた全員がぴくりと反応を示し、動きを止める。
 一同の視線を一身に集めたのは、異様な圧を醸し出しながら立っている獄樹だった。
 彼は憤怒を込めた鋭い眼差しで、夢穂の方を見ていた。
 匂い袋を手にしたあやかしたちは、みんな顔を見合わせ、身を引いてゆく。
 先ほどまでの明るさが嘘のように、辺りは重苦しい空気に覆われた。

「やめろ」

 夢穂に詰め寄ろうとする獄樹の肩を、影雪が掴んだ。
 その影雪の言動がよほど頭にきたのだろう、獄樹はひどい剣幕でその腕を振り切った。

「お前はこの女の護衛か? 奴隷か? 女のケツを追いかける前にやるべきことかあるんじゃねえのか!」

 静まり返った町に、獄樹の怒声だけが響き渡る。
 気を引きしめた夢穂が獄樹に物申そうと一歩進むが、それより先に口を切ったのは影雪だった。

「この件については好きにしていいと、残月から許可を受けている」
「正気か影雪? お前はぼやっとしてるからいいように使われてるだけじゃねえのかよ!」
「違う」

 影雪は軽く首を横に振ると、真摯な瞳で獄樹を見据えた。
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