眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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輪が広がるのは嬉しいことです。

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 といっても、空間の歪み云々などの不安を煽るようなことは省いて、だ。

「実は私、人間の世界の眠りの巫女で……最近あやかしの世界で眠れない者たちが増えてるから、それを改善するためにやって来たの」

 それを聞いたカッパ童と隣にいた小人のあやかしは、顔を見合わせ「ほう」と声を漏らした。

「それは、残月様のお達しで?」
「ううん……話は業華遣い人に聞いたんだけど、来たのは自分の意思で」

 まさか空間の亀裂から現れた影雪に事情を聞いたとは言えず、夢穂は業華の名前を出した。
 業華ならあやかしの世界の眠りについても、知っていて不思議ではないだろう。
 本当は業華の言いつけで来たと言った方が話が早いかもしれないが、どうしても嘘がつけなかった。 
 夢穂は胸に抱えている匂い袋を一つ手に取ると、カッパ童に差し出した。

「みんなで摘んだ薬草に、私が香りをつけたの。香りと眠りは深い関係にあるから、少しでも楽になればいいと思って」

 夢穂はあえて、受け取った者の好きな匂いなる、とは言わなかった。
 胡散臭い謳い文句で、さらに警戒心を煽りたくない気持ちもあったが、一番の理由は、変な期待を持たせないためだ。
 意識しない方が、本当に求めている匂いを表現できる気がする。
 脳や心の奥底にある意識を掬い上げるため、リラックスした状態で手渡すのが最善だ。

 カッパ童は、夢穂の手をじっと見ていた。
 白く滑らかな肌には、いくつも切り傷がついている。
 懸命な草摘みを物語る細い手に、カッパ童は自分のそれを差し出した。
 匂い袋を受け取った瞬間、カッパ童は糸のようなつり目をわずかに見開き、深く頷いた。

「……近頃眠りが浅いせいか、よくないことばかり考えてしまうのが悩みでした。ですが、そんなことを吹き飛ばしてくださるような、爽快な匂いがいたします」

 匂い袋を握りしめ微笑むカッパ童を見て、夢穂も嬉しそうに笑みを返した。
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