眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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やってみなくちゃ始まりません。

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 反射的にしゃがみ込み、頭部を両腕で庇いながら「痛い痛い!」と悲鳴を上げて耐える夢穂。
 やがて落下が収まると、辺りはまた静まり返った。
 夢穂はゆっくり身体を起こすと、恐る恐る瞼を持ち上げた。
 そこには地面を覆い隠すほどの、トゲトゲの物体が散らばっていた。
 
「これなら食えるか?」

 声の方を振り向くと、影雪はすでに切り株に腰を据え、その物体のとげの部分を取り除いていた。
 茶色い殻はまさに栗のようで、もしかしたら美味しいのでは、と中身を期待させる。
 しかし、それと同じくらい気になるのは、影雪が今している作業だ。
 氷天丸で、殻を剥いている。
 果物ナイフでも扱うように、巧みに刀を動かしている。
 箸は使えないが、刃物の扱いは得意なようだ。
 今度家で野菜を切るのを手伝わせてみよう、と夢穂は思った。

 中身だけになったそれを、影雪は夢穂に手渡した。
 夢穂は影雪と向かい合う形で丸太に腰を下ろすと、探るようにいろんな角度から木の実を見た。
 丸みを帯びた山のような形は、大きな栗のようだ。
 ただ、色と匂いは柿に似ていて、触った手がしっとり湿ることから、糖分があるのかと思われた。
 夢穂は味見するように、おずおずとその実に口をつけた。

 途端「んー!」と夢穂の口から喜びの唸り声が上がった。
 栗と柿が混ざったような甘くてまろやかな味は、想像以上に美味だった。

「すごく美味しい! これ、なんて食べ物?」
「クリカキだ」
「そのままねっ」

 目を輝かせながら次から次へと頬張る夢穂を前に、影雪は安心して殻を剥き続けた。
 視線は夢穂への一点集中だが、手元の狂わないところは達人の域だ。刀に関しては。
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