眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
86 / 175
やってみなくちゃ始まりません。

19

しおりを挟む
 薬草を抱えた二人は、何やら楽しげに会話を弾ませながら、先ほどの渓谷へと歩いていった。

「だいぶ回復したし、もう少し休んだら私も」

 ――みゅううん
 
 行こう、という言葉の前に、小動物の鳴き声のような音が聞こえた。
 出どころは、夢穂のお腹だ。

「なんだ、腹に子うさぎでも飼っているのか?」
「飼ってるわけないでしょ……お腹が空いただけ」

 正直すぎる身体に、夢穂はあきれてため息をついた。
 すると徐に立ち上がった影雪が、辺りの様子を窺うように視線を動かし始めたので、夢穂はまさか、と次の行動を予測した。

「影雪、何する気?」
「夢穂が飢えているから、猪でも狩ってこようかと思い」

 やっぱり……と、夢穂は思った。
 気持ちは嬉しいが、狩り立てそのままの獣にかぶりつくのは、どうも気が引ける。
 
「私は遠慮するわ、そう言えば奇うさぎが野菜を作ってたわよね? 後で行ってみようかな」

 野菜なら調理せずに生でも食べられるものがある、と思い当たった夢穂は、奇うさぎの八百屋に行こうかと考えた。
 
「なんだ、野菜っぽいやつならいいのか」

 返事を待たずして、影雪は夢穂がもたれている木に向き直る。
 そしてその立派な幹に、そっと優しく手のひらを添えた。
 影雪は顔を上げ、遠くを見つめながら口を開く。

「俺の大事な女が腹を空かせている、木の実を落としてくれないか、頼む」

 穏やかに語りかける影雪を、夢穂は目を丸くして見上げていた。
 しばし、沈黙が訪れる。
 
「え、まさか影雪、植物と会話が」
「できん」
「だよねぇ? ならなんでそんなこと――イタッ!」

 突然頭に何かが落ちてきて、夢穂は痛みに声を上げた。
 ぶつかった箇所を手で撫でながら前を見ると、足元の地面に、拳大のトゲトゲした丸い形のものが転がっていた。
 頭に疑問符を浮かべながら、それを確かめようと手を伸ばす夢穂の頭上から、今度は一気に落下物が降ってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

光速文芸部Ⅳ~ゲーム・オーバー~

きうり
キャラ文芸
二十年ぶりに母校の図書館を訪れた片桐優実。彼女がその蔵書室に足を踏み入れたのには理由があった。夫の小説家・高柳錦司が高校時代に書いた冊子がそこに隠されているという情報を得たのだ。彼女は在校生の真琴の協力を得て、その冊子『21th Century Flight』を手に入れるが…。 ※拙作『光速文芸部』の続編にあたりますが単体作品として読めます。 ※『リバイバル群雛10th』に掲載した作品を、期間限定でアルファポリスで公開するものです。一定期間経過後に削除します。

ビストロ・ノクターン ~記憶のない青年と不死者の洋食屋~

銀タ篇
キャラ文芸
降りしきる雨の中、倒れるように転がり込んだその場所。 なんとそこは、不死のあやかし達の洋食屋だった!? 記憶をなくして路頭に迷った青年、聖弘(仮名)は、イケメンだけどちょっとゆるふわヴァンパイアの店長の取り計らいで不死者の洋食屋『ビストロ・ノクターン』で働かせて貰うことになったのだった。 人外だけの、ちょっとお洒落な洋食屋に陽気な人狼の経営するパン屋さん。 横浜のちょっと近くにある不思議なお店で繰り広げられる、ちょっと不思議でちょっと温かい、そんな話。

処理中です...