眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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やってみなくちゃ始まりません。

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「妖力は弱かったが、意志が強く、芯が通っていた。どんな辛い時でも弱音を吐かなかった……亡くなる時も」

 影雪の脳裏には、病床に臥せりながらも息子を安心させようと、微笑んでみせる母の顔が浮かんでいた。

「お母さん……病気、だったの?」
「ああ、あやかしの寿命は千年と言われているが、三百に満たず亡くなった、俺が百になる前だった」

 人間の寿命が長くて百年とするなら、あやかしの寿命はその十倍。
 ならば影雪の母は人間で言うところの、三十歳前に生涯を閉じたことになる。
 小さな我が子を置いてこの世を去るのは、どれほど心残りだっただろう。
 肉親はいなくても、夢穂にも大切な人はいる。
 それを亡くす気持ちを想像し、影雪の母、そして影雪自身に重ねると、夢穂はやりきれなかった。

「そっか……辛かったわね、お母さんも、影雪も」
「そんな時にあいつは、家を開けて……帰って来なかった、母さんはずっと、会いたがっていたのに」

 こんな苦々しい顔の影雪を見るのは、父に関わる話の時だけだ。
 夢穂は少し戸惑っていた。
 残月というあやかしをよく知らず、その真意を計りかねていたからだ。

「その理由、直接本人に聞いてみたの?」
「……聞いていない、顔を見るのも嫌で」
「それで家出しちゃったの?」

 影雪はぱたん、と狐の耳を伏せると、口を尖らせた。どうやら図星のようだ。
 その話題には触れてほしくない、というわかりやすいアピールだ。
 なんて便利な機能、人間にもあればいいのに、と感じた夢穂だったが、そんな呑気なことを考えている場合ではないと思い直した。

「母さんが亡くなってから、得体の知れない女をかこうようになった、そんな奴と話す気にならん」
「え? ちょ、ちょっと待って」

 夢穂は思わず草摘みの手を止め、顔を上げた。
 
「お母さんが亡くなってからって、生きてた時は他に女性はいなかったの?」
「それはない、母さんがいた時は他の女の影も形もなかった、残月はずっと母さんと一緒にいたしな」
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