眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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眠りは世界を救う、のでしょうか?

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「そんな、ずっと昔のことはわからない、でも、今確かにあなたの世界のあやかしたちはみんな、眠れないことで苦しんでるわ……私にできることがあるかもしれないのに、黙って見過ごすなんてできないわよ」

 迷いのない真っ直ぐな目で進言する夢穂に、残月は少し面食らった後、愉快そうにほくそ笑んだ。

「……よい、好きにせよ、ただし我は助け舟は出さぬぞ」
「それでいいわ、邪魔さえしないでくれるなら」

 初めてあやかしの世界に来たというのに、怯むことなく向き合う夢穂に、残月はある提案を思いついた。

「そうであるな、貴様たちだけでたみの眠りの妨げを解明できたなら、一つよいことを教えてやろう」
「いい、こと……?」
「ああ……我と業華しか知らぬ事実、である」

 意味深にもったいぶって述べられる言葉。
 夢穂は真剣な面持ちで、ゆっくりと頷いた。

「わかったわ、約束は守ってよ」
「この残月、自らに誓い嘘はつかぬ」
「自らって……自分に誓ってもあまり説得力がないんじゃ」
「ここでは我が神で我が法、貴様らの物差しで測るでない」

 当然とばかりに言って退ける残月に「ああ、そう」と受け流すように答える夢穂。
 今の台詞を人間の世界の権力者が口にでもすれば、たちまちSNSで叩かれ大炎上するだろう。
 あやかしの頂点である総大将は、単なる役職のように流動的なものではなく、崇拝されるべき絶対的な存在なのだと夢穂は感じた。

「でも、影雪は借りていくからね」

 夢穂は腰を上げながら、背後で立ったまま待機していた影雪を振り返った。

「影雪がいるといろいろ助かるもの」

 影雪の銀色の尻尾がぶんぶん揺れる。
 表情には出にくくても尻尾は素直だ、夢穂に必要とされて嬉しい気持ちを隠せない。
 そんな息子の様子を見て、父はほう……と何か感じ取ったようだ。

「影雪」

 階段に向かう夢穂の後をついて歩いていた影雪は、名前を呼ばれ立ち止まった。

「……たまには顔を見せよ」

 残月の言葉に振り返らずに、影雪は静かに部屋を後にした。
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