眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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眠りは世界を救う、のでしょうか?

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「さすがは眠りの巫女、といったところか、貴様の見方はあらかた正しい」
「えっ、じゃあやっぱり」

 少なくとも夢穂より知識がありそうな残月の口から出た言葉は、眠りが空間に影響を及ぼす肯定を意味していた。
 しかし気持ちが高ぶる夢穂に対し、残月は実に冷静に続ける。

「なぜそこまでする必要がある?」
「なぜって……そりゃあ、空間の歪みがひどくなれば、あちこちに亀裂が入ったりして、通紋がない人やあやかしも通れちゃったりするかもしれないし……そうなったら大変でしょう?」
「我はかまわぬぞ」

 予想外の返事に、夢穂は目をぱちぱちさせた。
 この世界を治める者なら、絶対に空間の歪みを食い止めることに賛成だと思っていたからだ。

「え、で、でも、人やあやかしが自由に行き来できるようになっちゃったら、その、困るんじゃ?」
「元は一つの世界、あるべき姿に還るまでのこと、そもそも二つに両断などするゆえ面倒なことになるのだ」

 余裕の表情で述べる残月に、夢穂はなんと返していいか頭を捻らせた。
 残月のすべてを見透かしたような眼差し、それは業華に似ていた。

「大昔、あやかしが人を食った、人があやかしを騙したなどと争いが絶えなんだ、それを痛ましく思った眠りの神が、自らの命と引き換えに世界を二つに分けた……その際流した涙がこちらのではに染み込み、貴様らの世では人の子に落ちた……と言い伝えられておる」

 夢穂はこの世のことわり、眠りの始まりについて初めて知った。
 眠りの神の涙が人の子に落ちたことで、眠りの巫女が誕生し、祈りを捧げる形で眠りを守っているとしたら――。

「あやかしの世界では、地が眠りを司ってるってこと?」
「さよう、ゆえに神の涙が落ちたとされる土地に、我が生命力を分け与えておる。貴様ら人間にはできる技ではなかろうがな」

 夢穂がご祈祷をするように、残月は生命力を与える。
 やり方は違っても、目的は同じだ。
 自身のエネルギーを使い、眠りの安泰を守ること。
 夢穂はいつもご祈祷をした後、疲労で全身が重くなる。それだけ集中し、神経もすり減らしている。
 しかし残月は、最上級の強いあやかしだ。
 多少、力の消耗は感じるかもしれないが、人間である夢穂とは比べものにならないだろう。
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