眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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眠りは世界を救う、のでしょうか?

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 詰め寄る獄樹に、負けじと身体に力を入れる夢穂。
 影雪は夢穂を庇うように前に出ると、左腕を上げ獄樹を制した。

「やめろ獄樹、お前とやり合う気はない」

 影雪の声は、落ち着いて優しかった。
 獄樹は一瞬驚いたような顔をすると、苛立ったように目を逸らした。
 苦しげに歪められた表情からは、どこか傷ついたような、悲しみのようなものが感じられた。

「……残月様に会いに来たんだろ、こっちだ」

 獄樹は顎で示すと、廊下を歩き始める。
 二人のやり取りから、ただの顔見知りというわけではなさそうだと、夢穂は思った。

「影雪、もしかして彼のことよく知ってるの?」
「……仲がよかった、昔はな」

 影雪の言葉が、夢穂にはひどく引っかかった。
 表情はほとんど変わらないが、少し寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
 獄樹と距離ができたことと、影雪がこちらの世界に帰りたがらなかったことと、何か関係があるのだろうか?
 空間の歪みについて調べに来たはずなのに、夢穂は影雪のことを考える時間が増えていた。

 獄樹の黒い翼を眺めながら、奥にある階段をのぼる。
 人一人分しか通れないような、狭くて長い階段だ。

「夢穂、疲れたなら運んでやるぞ」

 影雪は後ろを振り返ると、心配そうに夢穂に声をかけた。
 山から森を抜け、町を歩きここまで来て、今度は気の遠くなるほど長い階段だ。正直に言えば足は辛かったが、弱音を吐きたくなかった夢穂は「大丈夫だから」と言い影雪の提案を断った。

 やっとのことでたどり着いた階段の先は、こぢんまりとした和室だった。
 壁際には松の木や鶴が描かれた屏風が置かれ、床はよもぎ色の畳で来た道よりも落ち着いた雰囲気だ。
 部屋の突き当たりには一段上がった場所に几帳きちょうが置かれ、中の様子は窺い知れない。
 華がありながらも品のある、平安時代の貴族を思わせるようなみやびな空間だった。

 不意に几帳が揺れる。
 その隙間から伸びてきた手は白く、尖った爪は金色の光を持っていた。
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