眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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眠りは世界を救う、のでしょうか?

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「影雪も、何か作ったりしてる……ようには見えないんだけど」

 夢穂は少し離れた先にいる、影雪を見ながらそう言った。
 影雪は変わらずイスに座った状態で、側にあるカッパの置物を眺めていた。

「ああ、あのお方は特別でございますので、ご一緒されていたらすぐにおわかりになられると思いま……ふあ」

 話の途中で、カッパ童が黄色いクチバシを大きく開けて涙目になった。

「よく眠れてないの?」
「ええ、ここのところどうも寝つきが悪く」

 話を遮るように、店の外で大きな声が響いた。引き戸を閉め切っていても、筒抜けだ。

 「何するんだ、そっちこそ」と、その荒々しい罵声のやり取りに、現場を見ていなくても喧嘩をしているのがわかった。

「気にしなくてけっこうでございますよ、最近はしょっちゅうでございますので」

 夢穂がどうしようかと困っていると、カッパ童がため息混じりに言った。

「ささいなことでいさかいが多くなり、夜中によく眠れないせいか、日中にぼんやりしている者が増えましてね……ですので店もこの通りでございます。以前はもっと繁盛していたのですが」

 室内にいるのは夢穂と影雪だけで、他の客が来る気配もない。
 そういえば道を歩いている時にすれ違うあやかしもまばらで、閉まっている店も多かった気がする。
 夢穂はこちらの世界に初めて来たので、これが通常なのかと思っていたが、そうではないようだ。
 眠りの不安定は、心の不安定。
 元気の源である安眠が取れず、塞ぎがちになり短気になったあやかしたちの町は、どこか暗い空気が流れている。
 以前、影雪が話していたのは、このことだった。

 夢穂がカッパ童と会話していると、徐に立ち上がった影雪が出口に向かう。
 無言で引き戸を開け外に出る影雪に気づいた夢穂は、小走りにその後を追った。
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