眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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あやかしの世界に行ってみましょう。

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 学校での終業式を経て、一夜明けた朝。
 夢穂が異世界に旅立つと宣言していた日がやってきた。
 学校に通う時と同じセーラー服姿で、夢穂は張りきって家を出た。
 遊びに行くわけではないので、戦闘服という意味で制服に決めたらしい。
 今が朝の七時。十七時間後の深夜零時には、夢穂は帰宅してご祈祷をしなくてはならない。
 日を跨ぐようなことがあれば、行き来を繰り返すしかなさそうだ。

 業華を先頭に、一同は癒枕寺神社のさらに奥地へ進む。
 生い茂る森林を抜けると、苔に覆われた岩肌が見えてくる。
 絶えず流れ落ちる滝を横切り、不揃いで硬い岩の地面を踏みしめていくと、やがて岩壁に囲まれた洞穴ほらあなが現れた。
 その入り口は、小柄な夢穂でも頭を下げなければぶつかるほど狭い。
 影雪と業華が背中まで折り曲げ入ると、中は意外と広く三人立っても余裕があるほどだった。

 入り口からの光だけを頼りにした洞窟内は仄暗く、天井からぶら下がる氷柱石つららいしの下には、灰色の石造りの鳥居が立っていた。
 成人男性よりやや高い程度の、小さな鳥居だ。
 時折ぽた……と音を立て、氷柱石の先端から落ちる水滴が、鳥居を支える岩の地面を濡らす。
 真夏を忘れさせるほど肌寒い鍾乳洞の中。
 そこに浮かび上がる鳥居は、異空間に通じていると言われても納得できるような幻想的な佇まいをしていた。

「ところで夢穂」
「何?」
「なぜあなたには通紋がないのに、あちらの世界に行けると思ったのですか? 考えなかったわけではないでしょう」

 最初から行けることを前提に話していた夢穂を不思議に感じていた業華だったが、その理由は実に単純だった。

「お兄ちゃんならどうにかできると思って」
「俺も業華ならなんとかなると思う」

 当然のように口を揃えて言う二人。
 頼りにされているというか、アテにされているというか、業華は誇らしいような困ったような複雑な気持ちになった。
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