眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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あやかしの世界に行ってみましょう。

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 昨日の朝と同じ、三人で居間に集まる。
 すると出汁のきいた香ばしい匂いの出どころが明らかになる。

「朝ご飯はお兄ちゃんと私、日替わりで作ってるの。って言っても私はお兄ちゃんみたいに器用じゃないから、簡単なやつばかりだけど」

 夢穂は昔ながらの壁つきの台所に向かうと、用意していた黒塗りのうどん鉢を手に、満面の笑みを浮かべやって来る。
 そして大人しく座っている影雪の食事台に、派手な音を立て置いた。
 湯気の立ち昇る深い器を、影雪はしげしげと覗き込んだ。

「じゃーん! 狐うどんでーす!」

 腕を組んで胸を張り、ドヤ顔で言ってみせる夢穂。
 
「狐の大好物といえば油揚げ、油揚げと言えば狐うどんでしょ、影雪のために作ったようなものだからたくさん食べていいわよ」

 影雪の耳には、夢穂の声は入っていなかった。
 細長く白い麺の上に、浮かぶように載せられた長方形の薄茶色い物体。
 影雪の脳裏に業華の「焼き狐」の言葉が蘇った。
 そうだ、まるで狐の皮を剥いでこんがり焼いたようなこの風貌――。

「あれ、どうしたの影雪、食べないの?」

 青ざめた影雪はぷるぷると首を横に振った。
 
「共食いは、しない……」

 そもそも野生の狐が油揚げを食べるはずもなく、狐の好物が油揚げというのは単なる言い伝えに過ぎない。
 影雪は銀狐ぎんぎつねで色は違うが、同胞の黄色みがかった狐を思い出すととても口をつける気にならなかった。

 わけがわからずしばらく怪訝な目をしていた夢穂だったが、やがて影雪の様子に理解が及ぶと、にんまり不敵な笑みを浮かべた。
 それから影雪の隣に腰を下ろすと「いただきます」と手を合わせ、わざと目の前で油揚げを食べ始めた。

「や、やめろ」
「美味しいのに、もったいなーい」
「なんか痛い、み、見せるなぁ!」

 箸に挟まれ夢穂に食いちぎられていく同胞……に似た色合いの物体に、影雪は心霊現象でも見たように血の気が引いていた。
 もっと驚くべきことは他にたくさんあるだろうに、どこかずれた影雪が微笑ましく、夢穂はついからかってしまった。
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