眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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あやかしの世界に行ってみましょう。

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 朝食の知らせをしに来たセーラー服姿の夢穂は、影雪と業華を前に固まると、静かに襖を閉じた。
 ちちち……と無邪気に小鳥がさえずる。
 しばしの沈黙の後、影雪から離れた業華の額には汗がにじんでいた。

「大丈夫よ、愛に信仰は関係ないし、性別も種族だって乗り越えられるわ、私はいつまでもお兄ちゃんの妹だからね」
「どうしてくれるんですか影雪、あなたのおかげで可愛い妹に多大な勘違いをさせてしまったではありませんか」

 襖越しに聞こえる夢穂の声に、あくまで冷静に対応する業華。
 影雪はと言えば今し方の件はすでに忘れ、漂ってくる美味しそうな匂いに夢中だった。

「腹が減った」

 影雪は顔に似合わず豪快な空腹音を鳴らすと、愛刀あいとうを携え立ち上がり、襖を開いた。
 すると廊下に立っている夢穂と目が合う。

「おはよう影雪、よく眠れた?」

 身長差から上目遣いになる夢穂を、影雪は立ち止まってしばらく眺めた。

「ああ、夢穂のおかげだ、ありがとう」

 夢穂は一瞬目を丸くし、照れたように視線を外した。
 夢穂は世間から眠りの巫女、と称されているが、それは眠りの神が祀られている癒枕寺神社に巫女として住んでいるからだ。
 生きとし生けるものの眠りを丸ごと担い、どんな風に祈りを捧げ、支えているのか、それを知る者は業華以外いなかった。
 それを知った上で感謝されることに慣れていない夢穂は、影雪の素直な言葉がくすぐったく感じたのだ。

「そう……ならよかっ――」

 夢穂は言い終える前にふあ、と小さなあくびをした。

「どうした、寝不足か?」
「ち、違うわよ、ちゃんと眠っててもあくびくらいするわ」

 少し焦ったように影雪に返事をする。
 そんな夢穂に「それもそうか」と言葉を残し、影雪は食事の匂いがする方へと歩いていった。

「夢穂、さっきのは冗談ですよね?」

 黒の法衣姿の業華が廊下に顔を出した。

「当たり前でしょ、お兄ちゃんは『そういう欲はとっくの昔に置いてきました』ってよく言ってるじゃない」
「そうですよね」

 業華はほっとしたように肩の力を抜いた。
 沙子を含め、業華は巫女たちなど他の女性からも人気があるが、残念ながらそういうことなのだ。
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