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襲撃
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ここだけの話、私は最近ベッドに入り、人間のように目を瞑ることを日課にしています。
なぜなら、人間は一日数時間の睡眠を必要とするらしく、それに倣ったまでのこと。
私には睡眠というものが必須ではありませんから、あくまで形だけのものでしかありませんが。
それで気付いたのですが、この睡眠というものは人間の生涯の三割近くを消費してしまい、実に意味のない時間だと理解できました。
私の場合、目を瞑っていても常に思考を巡らせることができるため、この時間は魔法の改良に費やすことにしているのです。
――――――ガタガタッ、ガタ、ガタガタガタガタガガタッ――――――
「おや、こんな夜分遅くに侵入者ですか、それも複数とは物騒ですね」
反鏡再現魔法で再現した屋敷周辺を、操侵同期魔法で作った泥人形が五体移動しているのが確認できます。
二体が先頭を歩き、三体が左右と後方を警戒していることからも、手慣れた連中なのでしょう。
さて、連中の目的が何なのか、十中八九シャリア ブラックストンでしょうが、まず動きを観察するのが一番効率的なのは間違いありません。
「遠隔透視魔法で見たところ、この者たちは表の人間ではありませんね。闇に隠れる黒装束に軍人のような統率された動きは、まるで暗殺のためとでも言いたくなるほど熟練しています。シャリア・ブラックストン一人を誘拐し、身代金を要求するにしてはあまりに欲が見えない」
ミカエラ・アッシュフィールドは既に異変に気づき、既に別棟から本館へ移動済みですか。
流石は軍の人間ですね。
しかし黒装束の者たちは本館へは向かわず、そのまま別棟を囲んでしまいましたか。
シャリア・ブラックストンは本館にいると情報は得ていると思うのですが、妙な動きをしますね……。
「……ん、部屋から出てきたのは、シャーロット・エインズワース。身をかがめて警戒しているその手には、不釣り合いなほど大きな短剣ですね」
少し湾曲しているそれは、どこかの地方の部族が愛用している武器のはず。
彼女は黒装束の者たちと合流するつもりでしょうか?
私が釘を刺してから何も怪しい行動は起こしていなかったようですし、どうやってこの計画に乗ったのかが不明瞭な点ですね。
それに彼女が短剣を手にしているのに比べ、侵入者が手にしているのは拳銃。
誘拐にしては大げさな装備です。
「でも異常に警戒してるね。ボクの目には、このメイドが怯えているように見えるよ」
「ルル、こういう時には呼ばなくてもやってきますね。使い魔のあなたには、こういうシチュエーションは好物でしたか」
「ロイドの仕事を目にできる機会はそうそうないしね。ロイドはボクよりある意味えげつないからさ」
何を言っているのか理解できません。
私はルルとは違い、趣味趣向で動いているわけではないのですから。
必要なら厳しい措置も取る、ただそれだけです。
「ねえこのメイド、侵入者に対して殺意を抱いているみたいだけど、仲間じゃないのかな」
「私に言われてもわかりませんよ。そうだと仮定した場合、この侵入者はシャーロット・エインズワースに危害を加える可能性があるということですね」
「ロイドが護るべき対象は車椅子の女だし、このメイドを助ける必要はないね」
確かに、私の仕事にそれは入っていません。
しかし、彼女が亡くなれば執事として雇われた私の沽券にかかわってしまう。
そういう意味では彼女の身にもしものことがあれば、私が出るしかなくなるということになります。
「ルル、まだ寝ているメイド二人が起きないよう、彼女たちの周りに結界を張っておいてください。私が出張って起きられても困るので」
「それはいいけどさ、あの短剣持ってるメイドはどうするの?」
「彼女と侵入者との関係を見てからになりますから、そちらは気にしなくて結構です。では頼みましたよ」
これで音と振動に関しては何も心配いりませんね。
あとはあの侵入者、あれを同時に相手となれば多少なり人の域を超えなければならないでしょう。
そうなると、彼女の目が問題になりますね。
「いっそのこと魔法を見せつけ、こちら側に引き込むのもありですね。多少リスクはありますが彼女には裏がありそうですし、それを利用すれば手懐けることも可能でしょう。もし失敗に終わった場合、この件で解雇をしたうえで証拠は隠滅すればいいだけですし」
「うわぁ……ボク以上に悪魔だよねぇ。人間はそういう考えにはならないんだよ」
「――ルル、まだいたのですか」
「ロイドならろくでもない答えを出すと思ってね。ボクはそっちのほうが楽しくていいんだけど。じゃあ行ってくるね」
本当に困った使い魔です。
主人の答えがろくでもないなどと……それはさておき、人間は違う答えを出すのでしょうか?
合理的な考えだと思ったのですが。
まあ、それは彼女の行動しだいですし、今からこんなことを考えていても仕方ありませんね。
私が割って入るタイミングを計るとしましょう。
「どうしてこんなことになったのよ……あの情報屋裏切ったわね。口止め料まで出したっていうのに」
シャーロット・エインズワースの様子に偽りはないですね。
彼女に私の魔法を見破れるはずはないですし、ここで演技をする必要はない。
だとすれば、この口調から侵入者が共犯者と考えるには無理があるでしょうか。
口止め料ということは、何かしらの情報が情報屋から漏れるのを防いでいたと取るのが自然でしょう。
そういうことならば、彼女から話を聞いたほうがいいかもしれません。
侵入者を捕らえて口を割らそうと考えていたのですが。
「――と、そろそろ私が出向いたほうがよさそうですね」
シャーロット・エインズワースは廊下で待ち伏せしているつもりのようですが、実のところ侵入者に誘導された結果でしかありません。
彼女が警戒している場所から推測するに、彼女は全員の気配を感知しきれていないのでしょう。
五人中四人は彼女と同等の実力者、しかし一人は頭一つ抜けているようです。
気配にも強弱をつけ、より感知できないようにしているのでしょう
そこまでするというのは逆に彼女を警戒して……いえ、最初から彼女自身に狙いを定めていたと見るべきか。
このままでは彼女は挟み撃ちにされるのは確実ですし、放置すれば侵入者によって殺されてしまうかもしれない。
一番いいタイミングを見計らい、彼女を助けるとしましょう。
「――こんな所にまで来るなんて……どこまでしつこいのよ。ようやく自由になれると思ったのに」
「組織を裏切った者に自由なんてあるわけねえだろッ」
侵入者の一人に柱の陰から攻撃を受けたようですが、危なげなく避けましたね。
彼女にもまだ余裕があるようで何よりです。
他の三人の位置も把握しているため、それぞれ警戒できている。
問題は、やはり実力が頭一つ抜けていると思われる残りの一人ですね。
「ルル、あなたに追加の仕事です。今彼女と対峙している者以外を全員始末しておいてください。痕跡は残さないように」
「痕跡を残さずってことは好きにしていいってことだよね!」
「そういうことです。では行きましょう。送門転移魔法」
この別棟の入口は四つ。
南に位置する表玄関と、残る方向にそれぞれ一つずつ。
シャーロット・エインズワースが表玄関に近い位置から各方面を警戒していますが、この二階には注意が向いていません。
一番警戒が必要な者がさっきまでいたのですが、もうルルが処分したあとのようです。
各部屋にも結界を張り終わっているようですし、気分が乗っているときはすこぶる仕事が早くてよろしい。
彼女のほうにも動きがありそうですね。
「逃げられると思っていたのか。組織は裏切り者を決して許さん。それがたとえ女子供であってもだ」
「アタシは自由がほしいの! もうアンタたちの言いなりにはならない。アタシはここから人生をやりなおすんだ」
「それが育ててもらった組織に対する態度か? それにいくら逃げてもその血に染まった手は元には戻らん。最悪、お前が今までしてきた仕事を世間に晒せば、お前はお尋ね者だ。ここでの選択は一つしかない。組織へ戻るか、ここで死ぬかだ」
「……もう一つあるじゃない。逃げて別人にでもなればいいんだから」
どうやらかなり込み入った話のようです。
シャーロット・エインズワースは二階に逃げてきましたか。
既に一階の表玄関以外の扉の気配はルルの手によって消えているのですが、どうやらそれには気づいていないようですね。
「馬鹿が、上にももう一人いることには気づかなかったようだな」
「きゃっ!」
「危ないですよ。刃物を人に向けてはいけません。あと館内は走らないように」
「アナタは執事のロイド・バーンッ! どうしてこんな所に……まさかアナタが組織の……」
これが本気で絶望を覚えた人間の女性の表情ですか。
大戦では肝の座った男が多く、あまりここまで感情を露わにしたさまを目にした経験はありません。
実に興味深いですが、このまま勘違いさせておくと後々問題になりそうです。
「怪しい者が侵入した気配がしたので見回りですよ。シャーロット・エインズワース、あなたには下の男を黙らせたあとに訊きたいことがあります」
「それどころじゃないって! アイツは銃を持ってるし、仲間もいるの! 殺されないうちに逃げなきゃ!」
「それなら大丈夫ですよ。もういませんから」
「えっ?」
私の発言を理解できないのは彼女だけではないようですね。
階下の侵入者も一瞬ですが同じような表情になりましたから。
「何を言ってやがる。二階には手練れの部下を配置しておいたんだぞ。なぜ出てこない! 全員出てこいッ! ――――――――どうした、なぜ返事しないんだ!」
なりふり構わずここまで叫ぶとは、もう何も考えてないようですね。
「安心してください。最後のあなたは生け捕りですから。まあそのあと生かしておく保証はありませんが」
「何をしたのかは知らんが、本当に俺の仲間をどうにかしたようだな。だが、お前は自分の立場がわかっていない。見た所お前は手ぶらじゃないか。それに引き換え、俺が手にしてるのは今まで数百人をあの世に送ってきたVEF-107型のこの銃だ。それも俺に合うように調整した特注品だ」
かなり自信がおありのようですね。
VEF-107型は大戦から何度も目にしたことがあります。
今ではエルペイン帝国軍で正式採用されているものだったはず。
威力が高いため一般には出回っていなかったと記憶しているのですが、どうやらそちらにも融通が利く程度には大きな組織のようです。
「それがどうかしたのですか? そんな玩具で私を殺せるのなら、誰も苦労しなかったでしょうね。まあそれを私に――」
――――パンパンパンパンッ――――――
「有無を言わせず発砲ですか、実に素晴らしい。ですが残念なことに、今の私に物理攻撃は効きませんよ」
――――――カランカランカランッ――――――
手のひらから床に落とした銃弾が奏でる音、これは私の好物の一つと言っていいでしょう。
実に軽やかな音を放ち、魔法の前には現代の兵器が無力だということを実感させてくれる。
「どんなマジックを使いやがった……銃弾を掴むなんてことは不可能だ。既に仕込んでやがったか。どうやって直撃を防いだのかは知らんが、次はないぞ」
「そう見るのは勝手ですが、また私を攻撃すれば、今度は相応の痛みを味わっていただきますよ」
私の言葉を理解していないようですね。
この表情は怒りというものに支配されているのでしょう。
諦めの悪い人間は嫌いじゃありません。
――――パンパンパンパンパンッ――――
虚しく響く乾いた銃声は変化のない単調な攻撃の証。
この上なく見苦しいですね。
多少工夫していただきたかったのですが、武器に頼っているだけの人間に期待するのは残酷というものでしょうか。
「気は済みましたか? 私も暇ではないので、いつまでも攻撃を浴び続ける趣味はありません。この弾は全てお返します」
「ぎゃぁああああああああ」
言葉通り全弾お返ししたのですが、少々威力が強かったのでしょうか。
狙ったはずの左膝から下が消し飛んでしまいましたね。
「これは想定外でした。死なない程度に止血はしてあげますよ。炎滅魔法」
膝の断裂面には少々炎が大きすぎましたか。
あまりの痛みと熱さに声を出す暇さえなく気絶してしまったようです。
とりあえず傷口を焼いて止血しましたから、即死することはないでしょう。
――――ルル、この男を私の部屋へ運んでおいてください。
そうそう、私の部屋にも結界を忘れず。
…………返事はありませんが、まあ大丈夫でしょう。
本題はここからです。
シャーロット・エインズワース、彼女が隠していることを聞き出さなくてはいけません。 万が一私の仕事に害をもたらすような存在だった場合、彼女にも退場してもらう必要が出てきてしまいます。
「ではシャーロット・エインズワース、あなたは何を隠しているのです? 一度しか尋ねませんので、隠すことなく、真実のみを話すことを推奨します」
なぜなら、人間は一日数時間の睡眠を必要とするらしく、それに倣ったまでのこと。
私には睡眠というものが必須ではありませんから、あくまで形だけのものでしかありませんが。
それで気付いたのですが、この睡眠というものは人間の生涯の三割近くを消費してしまい、実に意味のない時間だと理解できました。
私の場合、目を瞑っていても常に思考を巡らせることができるため、この時間は魔法の改良に費やすことにしているのです。
――――――ガタガタッ、ガタ、ガタガタガタガタガガタッ――――――
「おや、こんな夜分遅くに侵入者ですか、それも複数とは物騒ですね」
反鏡再現魔法で再現した屋敷周辺を、操侵同期魔法で作った泥人形が五体移動しているのが確認できます。
二体が先頭を歩き、三体が左右と後方を警戒していることからも、手慣れた連中なのでしょう。
さて、連中の目的が何なのか、十中八九シャリア ブラックストンでしょうが、まず動きを観察するのが一番効率的なのは間違いありません。
「遠隔透視魔法で見たところ、この者たちは表の人間ではありませんね。闇に隠れる黒装束に軍人のような統率された動きは、まるで暗殺のためとでも言いたくなるほど熟練しています。シャリア・ブラックストン一人を誘拐し、身代金を要求するにしてはあまりに欲が見えない」
ミカエラ・アッシュフィールドは既に異変に気づき、既に別棟から本館へ移動済みですか。
流石は軍の人間ですね。
しかし黒装束の者たちは本館へは向かわず、そのまま別棟を囲んでしまいましたか。
シャリア・ブラックストンは本館にいると情報は得ていると思うのですが、妙な動きをしますね……。
「……ん、部屋から出てきたのは、シャーロット・エインズワース。身をかがめて警戒しているその手には、不釣り合いなほど大きな短剣ですね」
少し湾曲しているそれは、どこかの地方の部族が愛用している武器のはず。
彼女は黒装束の者たちと合流するつもりでしょうか?
私が釘を刺してから何も怪しい行動は起こしていなかったようですし、どうやってこの計画に乗ったのかが不明瞭な点ですね。
それに彼女が短剣を手にしているのに比べ、侵入者が手にしているのは拳銃。
誘拐にしては大げさな装備です。
「でも異常に警戒してるね。ボクの目には、このメイドが怯えているように見えるよ」
「ルル、こういう時には呼ばなくてもやってきますね。使い魔のあなたには、こういうシチュエーションは好物でしたか」
「ロイドの仕事を目にできる機会はそうそうないしね。ロイドはボクよりある意味えげつないからさ」
何を言っているのか理解できません。
私はルルとは違い、趣味趣向で動いているわけではないのですから。
必要なら厳しい措置も取る、ただそれだけです。
「ねえこのメイド、侵入者に対して殺意を抱いているみたいだけど、仲間じゃないのかな」
「私に言われてもわかりませんよ。そうだと仮定した場合、この侵入者はシャーロット・エインズワースに危害を加える可能性があるということですね」
「ロイドが護るべき対象は車椅子の女だし、このメイドを助ける必要はないね」
確かに、私の仕事にそれは入っていません。
しかし、彼女が亡くなれば執事として雇われた私の沽券にかかわってしまう。
そういう意味では彼女の身にもしものことがあれば、私が出るしかなくなるということになります。
「ルル、まだ寝ているメイド二人が起きないよう、彼女たちの周りに結界を張っておいてください。私が出張って起きられても困るので」
「それはいいけどさ、あの短剣持ってるメイドはどうするの?」
「彼女と侵入者との関係を見てからになりますから、そちらは気にしなくて結構です。では頼みましたよ」
これで音と振動に関しては何も心配いりませんね。
あとはあの侵入者、あれを同時に相手となれば多少なり人の域を超えなければならないでしょう。
そうなると、彼女の目が問題になりますね。
「いっそのこと魔法を見せつけ、こちら側に引き込むのもありですね。多少リスクはありますが彼女には裏がありそうですし、それを利用すれば手懐けることも可能でしょう。もし失敗に終わった場合、この件で解雇をしたうえで証拠は隠滅すればいいだけですし」
「うわぁ……ボク以上に悪魔だよねぇ。人間はそういう考えにはならないんだよ」
「――ルル、まだいたのですか」
「ロイドならろくでもない答えを出すと思ってね。ボクはそっちのほうが楽しくていいんだけど。じゃあ行ってくるね」
本当に困った使い魔です。
主人の答えがろくでもないなどと……それはさておき、人間は違う答えを出すのでしょうか?
合理的な考えだと思ったのですが。
まあ、それは彼女の行動しだいですし、今からこんなことを考えていても仕方ありませんね。
私が割って入るタイミングを計るとしましょう。
「どうしてこんなことになったのよ……あの情報屋裏切ったわね。口止め料まで出したっていうのに」
シャーロット・エインズワースの様子に偽りはないですね。
彼女に私の魔法を見破れるはずはないですし、ここで演技をする必要はない。
だとすれば、この口調から侵入者が共犯者と考えるには無理があるでしょうか。
口止め料ということは、何かしらの情報が情報屋から漏れるのを防いでいたと取るのが自然でしょう。
そういうことならば、彼女から話を聞いたほうがいいかもしれません。
侵入者を捕らえて口を割らそうと考えていたのですが。
「――と、そろそろ私が出向いたほうがよさそうですね」
シャーロット・エインズワースは廊下で待ち伏せしているつもりのようですが、実のところ侵入者に誘導された結果でしかありません。
彼女が警戒している場所から推測するに、彼女は全員の気配を感知しきれていないのでしょう。
五人中四人は彼女と同等の実力者、しかし一人は頭一つ抜けているようです。
気配にも強弱をつけ、より感知できないようにしているのでしょう
そこまでするというのは逆に彼女を警戒して……いえ、最初から彼女自身に狙いを定めていたと見るべきか。
このままでは彼女は挟み撃ちにされるのは確実ですし、放置すれば侵入者によって殺されてしまうかもしれない。
一番いいタイミングを見計らい、彼女を助けるとしましょう。
「――こんな所にまで来るなんて……どこまでしつこいのよ。ようやく自由になれると思ったのに」
「組織を裏切った者に自由なんてあるわけねえだろッ」
侵入者の一人に柱の陰から攻撃を受けたようですが、危なげなく避けましたね。
彼女にもまだ余裕があるようで何よりです。
他の三人の位置も把握しているため、それぞれ警戒できている。
問題は、やはり実力が頭一つ抜けていると思われる残りの一人ですね。
「ルル、あなたに追加の仕事です。今彼女と対峙している者以外を全員始末しておいてください。痕跡は残さないように」
「痕跡を残さずってことは好きにしていいってことだよね!」
「そういうことです。では行きましょう。送門転移魔法」
この別棟の入口は四つ。
南に位置する表玄関と、残る方向にそれぞれ一つずつ。
シャーロット・エインズワースが表玄関に近い位置から各方面を警戒していますが、この二階には注意が向いていません。
一番警戒が必要な者がさっきまでいたのですが、もうルルが処分したあとのようです。
各部屋にも結界を張り終わっているようですし、気分が乗っているときはすこぶる仕事が早くてよろしい。
彼女のほうにも動きがありそうですね。
「逃げられると思っていたのか。組織は裏切り者を決して許さん。それがたとえ女子供であってもだ」
「アタシは自由がほしいの! もうアンタたちの言いなりにはならない。アタシはここから人生をやりなおすんだ」
「それが育ててもらった組織に対する態度か? それにいくら逃げてもその血に染まった手は元には戻らん。最悪、お前が今までしてきた仕事を世間に晒せば、お前はお尋ね者だ。ここでの選択は一つしかない。組織へ戻るか、ここで死ぬかだ」
「……もう一つあるじゃない。逃げて別人にでもなればいいんだから」
どうやらかなり込み入った話のようです。
シャーロット・エインズワースは二階に逃げてきましたか。
既に一階の表玄関以外の扉の気配はルルの手によって消えているのですが、どうやらそれには気づいていないようですね。
「馬鹿が、上にももう一人いることには気づかなかったようだな」
「きゃっ!」
「危ないですよ。刃物を人に向けてはいけません。あと館内は走らないように」
「アナタは執事のロイド・バーンッ! どうしてこんな所に……まさかアナタが組織の……」
これが本気で絶望を覚えた人間の女性の表情ですか。
大戦では肝の座った男が多く、あまりここまで感情を露わにしたさまを目にした経験はありません。
実に興味深いですが、このまま勘違いさせておくと後々問題になりそうです。
「怪しい者が侵入した気配がしたので見回りですよ。シャーロット・エインズワース、あなたには下の男を黙らせたあとに訊きたいことがあります」
「それどころじゃないって! アイツは銃を持ってるし、仲間もいるの! 殺されないうちに逃げなきゃ!」
「それなら大丈夫ですよ。もういませんから」
「えっ?」
私の発言を理解できないのは彼女だけではないようですね。
階下の侵入者も一瞬ですが同じような表情になりましたから。
「何を言ってやがる。二階には手練れの部下を配置しておいたんだぞ。なぜ出てこない! 全員出てこいッ! ――――――――どうした、なぜ返事しないんだ!」
なりふり構わずここまで叫ぶとは、もう何も考えてないようですね。
「安心してください。最後のあなたは生け捕りですから。まあそのあと生かしておく保証はありませんが」
「何をしたのかは知らんが、本当に俺の仲間をどうにかしたようだな。だが、お前は自分の立場がわかっていない。見た所お前は手ぶらじゃないか。それに引き換え、俺が手にしてるのは今まで数百人をあの世に送ってきたVEF-107型のこの銃だ。それも俺に合うように調整した特注品だ」
かなり自信がおありのようですね。
VEF-107型は大戦から何度も目にしたことがあります。
今ではエルペイン帝国軍で正式採用されているものだったはず。
威力が高いため一般には出回っていなかったと記憶しているのですが、どうやらそちらにも融通が利く程度には大きな組織のようです。
「それがどうかしたのですか? そんな玩具で私を殺せるのなら、誰も苦労しなかったでしょうね。まあそれを私に――」
――――パンパンパンパンッ――――――
「有無を言わせず発砲ですか、実に素晴らしい。ですが残念なことに、今の私に物理攻撃は効きませんよ」
――――――カランカランカランッ――――――
手のひらから床に落とした銃弾が奏でる音、これは私の好物の一つと言っていいでしょう。
実に軽やかな音を放ち、魔法の前には現代の兵器が無力だということを実感させてくれる。
「どんなマジックを使いやがった……銃弾を掴むなんてことは不可能だ。既に仕込んでやがったか。どうやって直撃を防いだのかは知らんが、次はないぞ」
「そう見るのは勝手ですが、また私を攻撃すれば、今度は相応の痛みを味わっていただきますよ」
私の言葉を理解していないようですね。
この表情は怒りというものに支配されているのでしょう。
諦めの悪い人間は嫌いじゃありません。
――――パンパンパンパンパンッ――――
虚しく響く乾いた銃声は変化のない単調な攻撃の証。
この上なく見苦しいですね。
多少工夫していただきたかったのですが、武器に頼っているだけの人間に期待するのは残酷というものでしょうか。
「気は済みましたか? 私も暇ではないので、いつまでも攻撃を浴び続ける趣味はありません。この弾は全てお返します」
「ぎゃぁああああああああ」
言葉通り全弾お返ししたのですが、少々威力が強かったのでしょうか。
狙ったはずの左膝から下が消し飛んでしまいましたね。
「これは想定外でした。死なない程度に止血はしてあげますよ。炎滅魔法」
膝の断裂面には少々炎が大きすぎましたか。
あまりの痛みと熱さに声を出す暇さえなく気絶してしまったようです。
とりあえず傷口を焼いて止血しましたから、即死することはないでしょう。
――――ルル、この男を私の部屋へ運んでおいてください。
そうそう、私の部屋にも結界を忘れず。
…………返事はありませんが、まあ大丈夫でしょう。
本題はここからです。
シャーロット・エインズワース、彼女が隠していることを聞き出さなくてはいけません。 万が一私の仕事に害をもたらすような存在だった場合、彼女にも退場してもらう必要が出てきてしまいます。
「ではシャーロット・エインズワース、あなたは何を隠しているのです? 一度しか尋ねませんので、隠すことなく、真実のみを話すことを推奨します」
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