最強執事の裏の顔 ~うちのメイドは問題児ばかりのようです~

シサク

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孤児院

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「バーン、今日の予定は何?」

「今日は午前中はベルサタス孤児院を訪れ、午後からは検診になっております」

「そう、じゃああなた以外にも誰かついてこさせてね」

「承知しました」

 ベルサタス孤児院はブラックストン家が出資運営している孤児院のようですね。
 戦禍で行場を失った孤児を各地から集めているとのことですが、なぜか現在も数は減るどころか増え続けているという。

「それにしても、不思議なこともあるものですね。戦争直後ならわかりますが、既に三年が経過してなお孤児が増え続けているというのは、戦争とは違う原因のように思えるのですが」

「それがどうかしたの? あなたには関係ないでしょう」

 一介の執事でしかない私が、そういう細かいことを気にする必要はないのでしょう。
 孤児院運営は表向きは慈善事業ですが、実のところ、軍需産業で肥大化した組織へ向けられる批判の目、それをそらせたいだけのものでしょうし。
 人間というものはこの上なく利己的な生物で、己が不幸ならば直接関係なくとも幸福な者にその原因を押し付けるのですから。

「これは失礼しました。ではさきほどの随行者の件ですが、シャリア様の車椅子を押す役目にはミカエラ・アッシュフィールドを連れてまいります」

 おや? 私が何か間違った対応をしたと訴えるような目ですね。
 それとも、彼女は私が他の者を選ぶとでも思っていたのでしょうか。

「他の三人はあなたの目にはどう映っているの。まだ信用できないのかしら」

 父親から私が受けている内容は知っているでしょうから、私の手腕を疑っていると考えるほうが自然でしょうか。
 ここへやってきてから、彼女の父親が雇ったというミカエラ・アッシュフィールドにばかり身の世話をさせているのが気に食わないのかもしれません。
 彼女は護衛には向いていますが、それ以外はメイドとしては及第点を下回っていますからね、不満が出るのは理解できます。

「申し訳ありません。他の三人には懸念すべき点が見受けられますので、もうしばらく時間が必要になるかと思われます」

「そう――なるべく早くお願いね」

 ミカエラ・アッシュフィールドに不満がある、というのは私の勝手な思い込みなのかもしれません。
 両拳を震わせるシャリア・ブラックストンの表情に、怒りというものが浮かんでいるようには見えないのですから。
 まだ安心できないことへの不安、怯え由来のものなのかもしれません。
 不安も怯えも経験したことがない私にとって、これらは所詮知識からの憶測でしかないわけですが。


 ブラックストン家が所有している車は三台。
 その中でも、今日は最も貧相な車を使用するようです。
 型式から見て七年ほど前に製造されたもの。
 まだ大衆化されているとは言い難い車の中で、最も目にする機会が多い車と言っていいものでしょう。

「あなたが運転するんじゃないのね」

「シャリア様、私は運転ができないわけではありませんが、今回は軍で運転をマスターしているミカエラ・アッシュフィールドが適任だと思ったまでのことですよ。それに、孤児院に到着するまでにお伺いしたいことがございましたので」

「わたしに何を聞きたいの? 手短であることを祈るわ」

「この記録によれば、孤児院には月に数回訪問されているようですが、もう少し減らしてもいいのではないでしょうか」

 今までのスケジュールがかなり細かく記載されている手帳は、前任の執事が有能だった証拠でしょう。
 しかし、こう何度もルーティーンのごとく訪問させるのはリスクでしかありません。
 それが当時の執事の狙いだったのかもしれませんが。

「理由を聞かせてもらえる? わたしの訪問に不満があるわけじゃないわよね?」

「そのような怖い顔はやめていただきたいのですが――まあ、理由は簡単ですよ。シャリア様のお体には厳しいと思ったにすぎません。いつから車椅子なのかは存じませんが、これからもこのペースで訪問となれば、他の業務に支障をきたすのは必至かと」

「わたしの体なら平気よ。先天性のものじゃないし、体力なら今まで培ったものがあるから」

 後天的なものということは、事故か何かなのでしょう。
 負傷によるものなら私の魔法で治せないこともないでしょうが、治す理由もなければ魔法を晒すリスクが大きいのは間違いありません
 この選択はないですね。

「……立て込んでるところ悪いんですけど、もうすぐ到着しますよ」

「ミカエラ、車は孤児院の裏に停めてね。表に停めると色々と目立つから」

「……了解」

 目立たないための大衆車だった、というわけですか。
 彼女の安全を考えればこの車が一番いいというわけですね。
 これは覚えておきましょう。
 屋敷を出てから三十分ほどで街を一望できる小高い丘までやってきましたが、どうやらここが目的地のベルサタス孤児院のようですね。
 街よりも緑も多く、子供を育てるには良い環境なのでしょう。

「想像していたよりも規模が大きい孤児院ですね。建物は少々古びているようですが。もう少し建物に資金を回してもよいのではないでしょうか」

 建物は補修をすればまだ使えそうではありますが、その補修すら困難なのでしょうか。
 近々建て替えるのならその必要もありませんが。

「資金は子どもたちへ優先して使っているのでしょう。お父様からは過不足なく資金は渡っているはずよ」

 ブラックストン家が資金を出し渋っていると受け取られてしまったようですね。
 全くそういうつもりはなかったのですが、そう受け取られても仕方ない言い方だったかもしれません。

「申し訳ございません。軽率な発言でございました」

 事実がどうなのかは知りませんが、踏み込んだ発言はあまりしないほうがよさそうです。
 シャリア・ブラックストンの機嫌を損ねていいことなど何もありませんから。

「これはこれはシャリアお嬢様、ようこそおいでくださいました。子どもたちも楽しみにしております」

 施設から出てきたのはシスター風の中年女性。
 ここの管理者、院長と判断して問題なさそうな雰囲気です。
 親しげに近づき、シャリア・ブラックストンに話しかける姿に害意は感じられません。
 シャリア本人にも警戒している様子がないことからも、この場は任せて問題ないでしょう。

「ミカエラ・アッシュフィールド、あなたはシャリア様についていてもらえますか。私は施設の見回りに行ってきますので」

「……了解」

 少し不満そうですね。
 運転で疲れたのかもしれませんが、ここはしっかり働いていただきましょう。

「中庭から聞こえるのは子どもたちの声ですね」

 人間の子どもたちの相手をするのは面倒ですから、私は建物の内部を見て回りましょうか。
 亀裂が多く見られる壁や天井は、今すぐどうにかなるレベルではないようですが、少し大きな地震があればわかりませんね。
 おそらく、強化した肉体で私が衝撃を与えても崩れるレベルでしょう。
 孤児が増えているという報告上、資金が足りていない可能性が一番高いでしょうか。
 ここは遠慮などせずしっかり計上し、ブラックストン家に請求したほうがいいと思うのですが。

「あなたが新しい執事なのですね。私はここの院長を任されているリリアン・モーランと申します」

 さきほど出迎えた院長が、もう会話を終えて戻ってきたのですか。
 想定外の早さでしたね。

「これはモーラン院長、失礼いたしました。私はブラックストン家で執事をしております、ロイド・バーンと申します。シャリア様とはもうよろしいのですか?」

「ええ、いつもシャリア様はすぐ子どもたちの所へいって、一緒になって遊んでくださりますから。そんなことより、あなたも大変でしょう。以前の執事の方はいい方だったのに、まさかあのような事件を起こすとは思いませんでしたよ」

「そうですね。ですので、まだまだシャリア様からは信用を得られていない状態ではあります。信用されるよう努めていくつもりではありますが」

「シャリア様ならすぐに打ち解けてくれると思います。彼女は聡明で誰よりも人に優しくできるお方ですから」

 本来はそういう人なのでしょう。
 そういう意味では今の彼女は自ら心を閉ざし、壁を作っているように思えます。
 きっと本能が、理性を抑えつけているのでしょう。
 人間は心理的に強烈な衝撃を受けたとき、それをトラウマというものとして引きずる傾向にあるのですから。
 最悪、彼女が打ち解けてくれなかったとして、それはそれで私の中で問題になることはないのですが。

「それはそうと、建物の状況を見る限り資金が足りているようには見えません。投入されている資金がいくらなのか存じませんが、どうしてブラックストン家へ催促しないのですか? もし前執事が横領していたのなら、私のほうからそう報告してもよろしいのですが」

「そうじゃないの……一度は増やしていただいたの。でも、ただ入ってくる子たちが増えてしまって。それに直接運営している孤児院はここだけだけど、他の孤児院にも多額の寄付をしていると聞いているから……」

「その件ですが、大戦から三年が経過し、なぜ孤児の数が未だ増え続けるのですか? 本来ならば落ち着く時期のはずです。何か他の原因があるのではないですか?」

  暗い顔を見せるということは、その原因に心当たりがあるということでしょう。
 解決できないのであれば、私が解決するのも吝かではありません。
 面倒事はさっさと片付けるほうが効率がいいですからね。

「今入ってくる子たちの多くは、大戦で親を亡くした子たちではないの。街の東に炭鉱があるのだけれど、そこで事故が多発していて、その事故に親が巻き込まれた子たちなの。残された母親だけで育てるには厳しい現実があるのよ」

 要するに、捨て子というわけですか。
 女性のみで養うのがどれだけ大変なのか知りませんが、我が子を捨てるというのは相当な覚悟が必要なはずです。
 そうなると、ここへ注入する資金だけを増やしても根本解決にはなりませんか。

「その炭鉱の所有者に対し、何かアクションを起こしましたか?」

「炭鉱はブラックストン家のもの、流石に私から進言するのは筋違いだと思いますし……。身動きが取れない状態です」

 そういうことですか。
 当主に対し、私の方から動きを見せたほうがいいでしょう。

「承知しました。私から現状について報告しておきます。このまま何も対策を講じなければ、ここの運営に更に支障が出るでしょうから」

「お願いします。ですが……大丈夫でしょうか? あまり出過ぎたマネをすれば、あなたの首が飛ぶかもしれませんし」

「それはお気になさらずに。誰も私の職を解くことはできませんので」

「は、はあ……」

  院長のこの表情は困惑というものでしょうか。
 私の発言を信じられないのは仕方がないことかもしれません。
  ブラックストン家の財力と影響力を考えれば、執事一人の運命など風に飛ばされる葉の如く、己の力ではどうすることもできないのでしょうから。

「では、私はシャリア様に報告に参りますので、この辺で失礼させていただきます」



 院長と別れて中庭までやってきましたが、シャリア・ブラックストンはどうやら子どもたちとボール遊びをしているようですね。
 彼女は車椅子でありながら、ボールを手にすると容赦ないですね。
 それでも実力が拮抗しているのか、一方的でないことでゲームとして成立しているのが救いです。
 
「ん? あそこにいる黒猫は……」

「ボクだよ、ボ・ク! わかってて惚けるのやめてくれないかな」

「ルルでしたか。こんな所までご苦労さまです」

「仕事が残ってたからね。その報告だよ」

 そんなものもありましたね。
 帰ってからでもよかったのですが。

「忘れてたような顔するのやめてくれるかな。まあ、ボクもさっさと終わらせて自由になりたいから来ただけだけどさ」

 私でもそんな顔をしているのですね。
 自分ではわかりませんが、これからは注意しておきましょう。

「あの男が何者かわかったということですね」

「そうだよ。あの男は情報屋っていうのはやってるみたいでさ、情報を売り買いしてるんだ」

「ということは、シャーロット・エインズワースはこちらの情報を売って……いえ、違いますね。あの時、彼女は何かを渡していた。ということは情報の購入者ということになりますか。ブラックストン家で何かをするのか、それとも隠れ蓑として、他で何かをするつもりなのか。どちらにしても、彼女から目を離すわけにはいかなくなりましたね」

「それじゃあ仕事は終わりね! ボクは暫く動かないから」

「ええ、必要になったときはまたお願いしますよ」

「呼ばないでいいから!」

 酷く拗ねて帰っていきましたか。
 事実を述べたまでなのですが。
 それにしても、彼女は一体何をしようとしているのか……。
 釘は刺しておいたのですぐには動かないとは思いますが、要注意ですね。 
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