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執事とメイド
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「少将の手紙にあった住所にやってきましたが、まさかこのような陸の孤島だったとは……予定より遅れてしまっていますね」
もう私が住んでいた場所を辺境地とは呼べないですね。
ですが、比較的近場にこのような街があるのが大きな違いでしょうか。
今まで目にしたどの街よりも不思議と活気があり、秩序が保たれている。
これなら食材の調達などに困ることもないでしょう。
「そろそろ出ていい? トランクの中は窮屈なんだ」
ルルのことをすっかり忘れていました。
そういえばトランクの中から出ないように申し付けていましたね。
「まだ到着していないので我慢してください。そもそもトランクの中はほぼ空でしょう。あなたは闇の眷属なんですから、そこのほうが安心するんじゃないですか?」
「ボクだって新しい風を感じたいんだよ。ロイドばかりセコいよ」
「街中を猫と一緒に歩くのは変な目で見られてしまいます。もう少し我慢してください。向こうに到着次第解放してあげますから、周辺を自由に散策してくるといいでしょう」
ルルは今までの使い魔と違い、好奇心旺盛なのが玉に瑕ですね。
黒猫という枠に収めたのがいけなかったのでしょうか。
「ねえお兄ちゃん、なんでそんなまっ黒の服きてるの?」
おやおや、これは元気な男の子ですね。
年齢は七歳前後、といったところでしょうか。
服装は上等なものを着ているところを見ると、しっかりした教育を受けているのでしょう。
「これは仕事着で、執事服というものですよ」
「ふーん、かっこいいね!」
「ククククッ、ありがとうございます。あなたの格好もイケてますよ」
「へへへっ! お兄ちゃんもおしごとガンバってね」
この男の子のおかげで、この街にやってきて引っかかっていた違和感の正体、それに気づくことができました。
ここはバロッド王国の国境からも遠く、大戦の影響がほとんど見られない。
各地では孤児が多い印象を受けましたが、ここで目にする子供たちは発育がよく、孤児と思われる子の姿がないのですね。
「――だとしても、どこからその資金が流れているのでしょうか。戦禍から免れたとはいえ、他の都市と比ぶべくもない」
「ロイド・バーン様でございますね。わたくしはヴィレン少将閣下から貴方様をブラックストン家へお連れするよう申し付けられております」
軍服、軍用車も間違いなく本物のようですね。
少将の名が出たことからも、怪しいものではないようです。
ですが、私はこの男に見覚えがありません。
どうして私がロイド・バーンだとわかったのか。
「――そういうことですか、ククククッ……」
この執事服というわけですね。
私が出発する直前に少将から送られてきたこの服は、このためだったのでしょう。
私の性格上、着ていくことをわかっておいででしたか。
「いいでしょう。ブラックストン家へお願いします」
木漏れ陽の中を走り続け、どれほどの時間が経過したでしょうか。
爽やかだった風も、今では少々冷たく感じてきましたね。
少将から受け取った資料によれば、この辺りはもうブラックストン家の土地だったはず。
「あなたは少将の下で何年いるのですか?」
「……」
返事はありませんか。
私は軍の人間ではありませんし、名前以外には何も知らされていないはず。
外部の者に情報を漏らさないのは軍人の基本でしょうか。
無愛想なのはいただけませんが、それを責めても仕方がありませんね。
「では、復習でもしておきましょうか」
ブラックストン家当主、エドガーの妻は早逝しており、肉親は一人娘のシャリア・ブラックストンのみ。
新しいメイドを四人雇う予定で、それぞれの経歴についても書かれている。
全員出身地はバラバラで経歴も統一性はないと。
「メイドの経験があるのは二人ですか……全員若いようなので仕方ないのかもしれませんが」
一人娘の安全を考え、メイドとして雇われやすいベテランをあえて避けたのでしょうか。
かくいう私も執事など経験がないので、他人のことを言えた義理ではありませんね。
「もうすぐ到着です。お荷物をお忘れなきよう」
林を抜けた先に立派な屋敷が見えますね。
旧バルニスタ調の三階建てですか……実にセンスがいい。
白い壁と青の屋根というコントラストがよく、両サイドの曲面を描く壁がシンメトリーを描き調和が保たれている。
「少将に伝言をお願いできますか?」
「それは可能です」
「では、今回の仕事は期待通りなら感謝の言葉を、そうでなかった場合は、五千万ジェニスお支払いいただくとお伝えください」
おやおや、顔を青くしてしまいましたか。
私の立場がどういったものか、多少察しが付いたのかもしれませんね。
これ以上はやめておきましょう。
「では、行ってください。ここからは私一人で行けますから」
軍用車が遠ざかっても残るこの排気ガスというものは、どうも匂いは好きになれませんね。
「もうトランクから出ていいよね!」
私の許可なく出てきて立ち上がり、背を伸ばす姿は猫にあるまじき行為。
「誰かに見られるかもしれないのですから、あまり無茶な行動は控えてください」
「誰も見てないって。だってほら、屋敷の中がなんか騒々しいしさ」
外からは確認できませんが、ルルの言う通り屋敷の中で何かが起きているようですね。
屋敷の扉が開くと、中からメイド服を着た人物が一人追い出されてしまいました。
「これは初日から面倒事のようですね。先が思いやられます」
追い出されたのは、銀髪ショートボブの女性で見たところ二十代ですね。
リストにあったミカエラ・アッシュフィールドで間違いないでしょう。
確か得意なものは護身術だったはず。
「騒々しいですね。一体何事ですか」
「執事にクビだと言われた。……キミは誰?」
「私はここの執事を全うするよう仰せつかった、ロイド・バーンと申します。誰ですか、執事を語る痴れ者は」
「ロイド・バーン? じゃあ中にいるロイド・バーンは誰?」
「その執事は私の名を語っているのですか」
ここは人間なら驚くか怒る場面なのでしょうか。
どうにも反応が難しい……。
私の名を既知の者自体限られる上、そのような者たちならば、この状況で私の名を語るなど自殺行為に他ならないことは重々承知しているはず。
だとすれば、ここで安易に殺すことは何も解決しないどころか、状況が悪化するおそれがありますね。
「中に入ってみればわかる」
中の大階段の前にはメイド姿の少女が三人に、車椅子の少女が一人。
残りは口ひげを蓄えた、執事服を着用した屈強な老人ですか。
「あなたが私の名を語る執事ですか。勝手にメイドをクビにされては困りますね」
「貴様こそ私の名を語るなど笑止千万。私は執事歴三十五年、この度ブラックストン家に召し抱えられたのですよ。身を弁えなさい」
少々短絡的ではありますが、殺してしまいましょうか?
娘のシャリア・ブラックストンならばある程度の情報は与えられているはず。
彼女に話をすればこの茶番は終わらせられるでしょうか。
「あなたと話をしても意味がありません。シャリア・ブラックストン、彼女ならばあなたが偽者だと判断していただけるでしょう」
この場でシャリア・ブラックストンである可能性があるのは、車椅子の少女だけですね。
足が不自由という情報は聞いていませんが、間違いないでしょう。
「何か勘違いしているようだから先に言っておくけど、わたしはレイア・リンドン、シャリアの友人だから。シャリアは体調がよくなくて、わたしが代わりに新人の執事とメイドがどんな人たちか見てくるように言われただけよ。謂わば代理人ね」
「リンドン、あなたがどういう立場の者かは理解できました。それで、この偽者のロイド・バーンを受け入れ、剰え新人の メイドをクビにしようとしていたのを傍観していたというわけですか」
さっきから冷たい表情を見せていたのに、明らかに不愉快な表情へ変わったということは、私の言葉が癪に障ったようですね。
「この執事さんの質問に、その人が不適切な答えを返したんだから仕方ないでしょ」
「クビにするほど不適切な答えだったと?」
「ここへ来た動機よ。メイドは三食昼寝付きで楽だからって、全然やる気を見せないんだから」
確かに屋敷を追い出されそうになっていたというのに、彼女に焦りはありませんでしたね。
メイドという仕事に乗り気じゃないのでしょうか。
経歴ではメイドという仕事をしたことはありませんでしたね。
「たとえそうであっても、メイドをクビにする権限は執事である私を通していただく必要がありますね。現状、彼女をクビにすることに私は賛同しません。私なら彼女でも一流のメイドに育て上げてみせましょう」
私はレイア・リンドンと話しているというのに、それを遮るように割り込んできたこの偽者の執事は何がしたいのでしょうか。
証明するといっても、これといったものはなく困りますが。
「さっきから貴様は何を言っている? ロイド・バーンはわたくしであって、あなたのような若造ではありません。ブラックストン家の執事はベテランであるわたくしのような者でなくてはこなせないというのに、あなたのような経験が浅いであろう青二才を雇うわけがないでしょう。メイドなどいくらでも代えは利くのです」
「ククククッ、何を言い出すかと思えば、聞いていて片腹痛いとはこういうときに使うのですね。ベテランが優秀とは限らない、これは世の常なのですよ。あなたの思考は執事としても三流以下。それを証明してあげてもいいのですよ?」
執事の仕事、護衛術、全て頭の中に入っています。
人間で私に勝てる者などいるはずがない。
手っ取り早く証明するには、直接結果を見せつける方法が一番効率がいいのですから、話に乗ってくれさえすればいい。
「二人とも落ち着いて。だったらわたしにいい考えがあるのわ。シャリアから頼まれている仕事を二人にやってもらおうかしら。早くこなした方を優秀な執事として、ロイド・バーンとして認めるというのはどう? もし偽者が勝ったとしても、シャリアも無能な本物なんて必要としてないだろうし」
「それは名案ですね。私がロイド・バーンと証明するまでの間、申し訳ありませんがメイドの四人には待っていただくことになりますが、構いませんか?」
「はい! 私は構いませんよ」
「OKデース。わたくしはどちらが執事でも構いまセンネー」
「さっさとしてよね。アタシも暇じゃないのよ」
「……寝ててもいいなら」
随分個性の強い者たちが集まったものですね。
しかし、全員私に時間を割いてくれたことに変わりはなく、感謝しかありませんね。
しっかり結果を示して自己紹介といきたいところです。
レイア・リンドンはこの四人の姿が好ましいのか、随分好意的な目で見ていますね。
「勝負はこの屋敷にとって大事なもの、それを街に住んでいるアレックス・アボットという人物に預けているそうなの。この人物がどこにいるか、何を預けているかは教えないから、己の力、有能さを示すためわたしの前へ持ってきて。間違いは一度も許さないから、くれぐれも間違わないように。時間は、そうね――明日のこの時間まで。じゃあ、今この時間から開始ね」
屋敷の大事なものを預けている、ですか。
そのような品を無意味に預けるとは思えませんね。
預ける以上、その行為そのものに意味があるはずです。
リンドンは自分の腰に下げているシルバーの懐中時計に目をやり、時間を確認していますね。
大変高価そうな時計です――彼女自身、裕福な家の者なのでしょう。
「既に勝負はついているというのに随分余裕ではないか。貴様には悪いが、屋敷で管理している車の鍵は既にわたくしが手にしている」
「どうぞご自由に。私には必要ないものですから」
この老人のことは気にする必要はないでしょう。
魔法で移動すれば問題ないことですし、今の情報だけからでも大体の予想はつけられますからね。
過去に預ける必要があり、見つけることが可能な人物で、街までの往復と探し出す時間を考慮するなら、見つけだしてから返してもらうために時間を要しない、もしくは今日が返してもらう期日としてしっかり決められている、ということでもあります。
十中八九、修理品といったところでしょう。
料金について触れていないということは、既に前払いか話はついているということ。
そこまで高額なものではないのかもしれません。
――まあ、違っていたところで私にとっては大した問題ではありませんが。
「あのー、もう行ってしまいましたよ? 出発しなくていいんですか?」
わざわざ声をかけてくる気遣い、私と同じ黒髪でこの中で一番しっかりしているのは、リストにあったメイド経験者のエマ・キサラギですね。
「お気遣い感謝します、エマ・キサラギ。この中で一番メイド経験があるあなたを中心に仕事を振り分けるつもりですから、その心積もりでいてください」
「あ、はい!」
いい返事です。
しっかりした彼女がいれば、未経験者がいても何とかやっていけるでしょう。
では、私も出発するとしましょうか。
もう私が住んでいた場所を辺境地とは呼べないですね。
ですが、比較的近場にこのような街があるのが大きな違いでしょうか。
今まで目にしたどの街よりも不思議と活気があり、秩序が保たれている。
これなら食材の調達などに困ることもないでしょう。
「そろそろ出ていい? トランクの中は窮屈なんだ」
ルルのことをすっかり忘れていました。
そういえばトランクの中から出ないように申し付けていましたね。
「まだ到着していないので我慢してください。そもそもトランクの中はほぼ空でしょう。あなたは闇の眷属なんですから、そこのほうが安心するんじゃないですか?」
「ボクだって新しい風を感じたいんだよ。ロイドばかりセコいよ」
「街中を猫と一緒に歩くのは変な目で見られてしまいます。もう少し我慢してください。向こうに到着次第解放してあげますから、周辺を自由に散策してくるといいでしょう」
ルルは今までの使い魔と違い、好奇心旺盛なのが玉に瑕ですね。
黒猫という枠に収めたのがいけなかったのでしょうか。
「ねえお兄ちゃん、なんでそんなまっ黒の服きてるの?」
おやおや、これは元気な男の子ですね。
年齢は七歳前後、といったところでしょうか。
服装は上等なものを着ているところを見ると、しっかりした教育を受けているのでしょう。
「これは仕事着で、執事服というものですよ」
「ふーん、かっこいいね!」
「ククククッ、ありがとうございます。あなたの格好もイケてますよ」
「へへへっ! お兄ちゃんもおしごとガンバってね」
この男の子のおかげで、この街にやってきて引っかかっていた違和感の正体、それに気づくことができました。
ここはバロッド王国の国境からも遠く、大戦の影響がほとんど見られない。
各地では孤児が多い印象を受けましたが、ここで目にする子供たちは発育がよく、孤児と思われる子の姿がないのですね。
「――だとしても、どこからその資金が流れているのでしょうか。戦禍から免れたとはいえ、他の都市と比ぶべくもない」
「ロイド・バーン様でございますね。わたくしはヴィレン少将閣下から貴方様をブラックストン家へお連れするよう申し付けられております」
軍服、軍用車も間違いなく本物のようですね。
少将の名が出たことからも、怪しいものではないようです。
ですが、私はこの男に見覚えがありません。
どうして私がロイド・バーンだとわかったのか。
「――そういうことですか、ククククッ……」
この執事服というわけですね。
私が出発する直前に少将から送られてきたこの服は、このためだったのでしょう。
私の性格上、着ていくことをわかっておいででしたか。
「いいでしょう。ブラックストン家へお願いします」
木漏れ陽の中を走り続け、どれほどの時間が経過したでしょうか。
爽やかだった風も、今では少々冷たく感じてきましたね。
少将から受け取った資料によれば、この辺りはもうブラックストン家の土地だったはず。
「あなたは少将の下で何年いるのですか?」
「……」
返事はありませんか。
私は軍の人間ではありませんし、名前以外には何も知らされていないはず。
外部の者に情報を漏らさないのは軍人の基本でしょうか。
無愛想なのはいただけませんが、それを責めても仕方がありませんね。
「では、復習でもしておきましょうか」
ブラックストン家当主、エドガーの妻は早逝しており、肉親は一人娘のシャリア・ブラックストンのみ。
新しいメイドを四人雇う予定で、それぞれの経歴についても書かれている。
全員出身地はバラバラで経歴も統一性はないと。
「メイドの経験があるのは二人ですか……全員若いようなので仕方ないのかもしれませんが」
一人娘の安全を考え、メイドとして雇われやすいベテランをあえて避けたのでしょうか。
かくいう私も執事など経験がないので、他人のことを言えた義理ではありませんね。
「もうすぐ到着です。お荷物をお忘れなきよう」
林を抜けた先に立派な屋敷が見えますね。
旧バルニスタ調の三階建てですか……実にセンスがいい。
白い壁と青の屋根というコントラストがよく、両サイドの曲面を描く壁がシンメトリーを描き調和が保たれている。
「少将に伝言をお願いできますか?」
「それは可能です」
「では、今回の仕事は期待通りなら感謝の言葉を、そうでなかった場合は、五千万ジェニスお支払いいただくとお伝えください」
おやおや、顔を青くしてしまいましたか。
私の立場がどういったものか、多少察しが付いたのかもしれませんね。
これ以上はやめておきましょう。
「では、行ってください。ここからは私一人で行けますから」
軍用車が遠ざかっても残るこの排気ガスというものは、どうも匂いは好きになれませんね。
「もうトランクから出ていいよね!」
私の許可なく出てきて立ち上がり、背を伸ばす姿は猫にあるまじき行為。
「誰かに見られるかもしれないのですから、あまり無茶な行動は控えてください」
「誰も見てないって。だってほら、屋敷の中がなんか騒々しいしさ」
外からは確認できませんが、ルルの言う通り屋敷の中で何かが起きているようですね。
屋敷の扉が開くと、中からメイド服を着た人物が一人追い出されてしまいました。
「これは初日から面倒事のようですね。先が思いやられます」
追い出されたのは、銀髪ショートボブの女性で見たところ二十代ですね。
リストにあったミカエラ・アッシュフィールドで間違いないでしょう。
確か得意なものは護身術だったはず。
「騒々しいですね。一体何事ですか」
「執事にクビだと言われた。……キミは誰?」
「私はここの執事を全うするよう仰せつかった、ロイド・バーンと申します。誰ですか、執事を語る痴れ者は」
「ロイド・バーン? じゃあ中にいるロイド・バーンは誰?」
「その執事は私の名を語っているのですか」
ここは人間なら驚くか怒る場面なのでしょうか。
どうにも反応が難しい……。
私の名を既知の者自体限られる上、そのような者たちならば、この状況で私の名を語るなど自殺行為に他ならないことは重々承知しているはず。
だとすれば、ここで安易に殺すことは何も解決しないどころか、状況が悪化するおそれがありますね。
「中に入ってみればわかる」
中の大階段の前にはメイド姿の少女が三人に、車椅子の少女が一人。
残りは口ひげを蓄えた、執事服を着用した屈強な老人ですか。
「あなたが私の名を語る執事ですか。勝手にメイドをクビにされては困りますね」
「貴様こそ私の名を語るなど笑止千万。私は執事歴三十五年、この度ブラックストン家に召し抱えられたのですよ。身を弁えなさい」
少々短絡的ではありますが、殺してしまいましょうか?
娘のシャリア・ブラックストンならばある程度の情報は与えられているはず。
彼女に話をすればこの茶番は終わらせられるでしょうか。
「あなたと話をしても意味がありません。シャリア・ブラックストン、彼女ならばあなたが偽者だと判断していただけるでしょう」
この場でシャリア・ブラックストンである可能性があるのは、車椅子の少女だけですね。
足が不自由という情報は聞いていませんが、間違いないでしょう。
「何か勘違いしているようだから先に言っておくけど、わたしはレイア・リンドン、シャリアの友人だから。シャリアは体調がよくなくて、わたしが代わりに新人の執事とメイドがどんな人たちか見てくるように言われただけよ。謂わば代理人ね」
「リンドン、あなたがどういう立場の者かは理解できました。それで、この偽者のロイド・バーンを受け入れ、剰え新人の メイドをクビにしようとしていたのを傍観していたというわけですか」
さっきから冷たい表情を見せていたのに、明らかに不愉快な表情へ変わったということは、私の言葉が癪に障ったようですね。
「この執事さんの質問に、その人が不適切な答えを返したんだから仕方ないでしょ」
「クビにするほど不適切な答えだったと?」
「ここへ来た動機よ。メイドは三食昼寝付きで楽だからって、全然やる気を見せないんだから」
確かに屋敷を追い出されそうになっていたというのに、彼女に焦りはありませんでしたね。
メイドという仕事に乗り気じゃないのでしょうか。
経歴ではメイドという仕事をしたことはありませんでしたね。
「たとえそうであっても、メイドをクビにする権限は執事である私を通していただく必要がありますね。現状、彼女をクビにすることに私は賛同しません。私なら彼女でも一流のメイドに育て上げてみせましょう」
私はレイア・リンドンと話しているというのに、それを遮るように割り込んできたこの偽者の執事は何がしたいのでしょうか。
証明するといっても、これといったものはなく困りますが。
「さっきから貴様は何を言っている? ロイド・バーンはわたくしであって、あなたのような若造ではありません。ブラックストン家の執事はベテランであるわたくしのような者でなくてはこなせないというのに、あなたのような経験が浅いであろう青二才を雇うわけがないでしょう。メイドなどいくらでも代えは利くのです」
「ククククッ、何を言い出すかと思えば、聞いていて片腹痛いとはこういうときに使うのですね。ベテランが優秀とは限らない、これは世の常なのですよ。あなたの思考は執事としても三流以下。それを証明してあげてもいいのですよ?」
執事の仕事、護衛術、全て頭の中に入っています。
人間で私に勝てる者などいるはずがない。
手っ取り早く証明するには、直接結果を見せつける方法が一番効率がいいのですから、話に乗ってくれさえすればいい。
「二人とも落ち着いて。だったらわたしにいい考えがあるのわ。シャリアから頼まれている仕事を二人にやってもらおうかしら。早くこなした方を優秀な執事として、ロイド・バーンとして認めるというのはどう? もし偽者が勝ったとしても、シャリアも無能な本物なんて必要としてないだろうし」
「それは名案ですね。私がロイド・バーンと証明するまでの間、申し訳ありませんがメイドの四人には待っていただくことになりますが、構いませんか?」
「はい! 私は構いませんよ」
「OKデース。わたくしはどちらが執事でも構いまセンネー」
「さっさとしてよね。アタシも暇じゃないのよ」
「……寝ててもいいなら」
随分個性の強い者たちが集まったものですね。
しかし、全員私に時間を割いてくれたことに変わりはなく、感謝しかありませんね。
しっかり結果を示して自己紹介といきたいところです。
レイア・リンドンはこの四人の姿が好ましいのか、随分好意的な目で見ていますね。
「勝負はこの屋敷にとって大事なもの、それを街に住んでいるアレックス・アボットという人物に預けているそうなの。この人物がどこにいるか、何を預けているかは教えないから、己の力、有能さを示すためわたしの前へ持ってきて。間違いは一度も許さないから、くれぐれも間違わないように。時間は、そうね――明日のこの時間まで。じゃあ、今この時間から開始ね」
屋敷の大事なものを預けている、ですか。
そのような品を無意味に預けるとは思えませんね。
預ける以上、その行為そのものに意味があるはずです。
リンドンは自分の腰に下げているシルバーの懐中時計に目をやり、時間を確認していますね。
大変高価そうな時計です――彼女自身、裕福な家の者なのでしょう。
「既に勝負はついているというのに随分余裕ではないか。貴様には悪いが、屋敷で管理している車の鍵は既にわたくしが手にしている」
「どうぞご自由に。私には必要ないものですから」
この老人のことは気にする必要はないでしょう。
魔法で移動すれば問題ないことですし、今の情報だけからでも大体の予想はつけられますからね。
過去に預ける必要があり、見つけることが可能な人物で、街までの往復と探し出す時間を考慮するなら、見つけだしてから返してもらうために時間を要しない、もしくは今日が返してもらう期日としてしっかり決められている、ということでもあります。
十中八九、修理品といったところでしょう。
料金について触れていないということは、既に前払いか話はついているということ。
そこまで高額なものではないのかもしれません。
――まあ、違っていたところで私にとっては大した問題ではありませんが。
「あのー、もう行ってしまいましたよ? 出発しなくていいんですか?」
わざわざ声をかけてくる気遣い、私と同じ黒髪でこの中で一番しっかりしているのは、リストにあったメイド経験者のエマ・キサラギですね。
「お気遣い感謝します、エマ・キサラギ。この中で一番メイド経験があるあなたを中心に仕事を振り分けるつもりですから、その心積もりでいてください」
「あ、はい!」
いい返事です。
しっかりした彼女がいれば、未経験者がいても何とかやっていけるでしょう。
では、私も出発するとしましょうか。
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