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僕の母様と父様

1.僕たち兄弟にとってのヒーロー

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真っ暗闇の中、感じるのは荷馬車の走る振動のみ。

荷馬車に乗せられた時からずっと目隠しをさせられていて、今が何時いつなのか、どれくらい日にちが経ったのか全く分からない。

この荷馬車に乗せられている人達は僕たちも含めて全員、この国を越えたどこかで奴隷として売られる事が決まっている。

そんな僕たちは両足首は縄で括られていて、両手首も体の前で紐で括られてていて身動きが取れない状態で、荷馬車に放り転がされている。

その中で今1番気掛かりなのは僕の弟。さっきまで咳き込んでいたのだが、今はぱったり静かになってしまっている。
耳を済ませば微かに弟の呼吸音が確認出来るが、目隠しされているから弟の状態を見ることができないし、どこに居るのかも分からない。

まだまだ体の小さな弟は、ここで出されるパンが固くて食べることも難しいようで、このままでは体力が落ちていく一方で心配は尽きない。

さすがに商品の僕たちを故意に殺すことは無いと思うけれど、でも、弟の状態が心配でならないのだ。

せめて、せめてこの目隠しだけでも外せないだろうか。
弟の無事をこの目で見て確認したい。


ヒヒーーーン!

ガタンッ!ガタガタッ。

~ッ!ーーっ、ーー!!

その時、馬のいななく声と同時に荷馬車が急停止する音と振動。
それから少しの間を置いて外が一気に騒がしくなった。

荷馬車の中もザワザワとし始める。
と言っても奴隷予定の僕たちは何事もありませんようにと身を縮こませることしか出来ない。

中には声を出さずにすすり泣く音も聞こえてくる。

そういえば、奴隷商を襲う山賊も居ると聞いたことがある。そういう奴らは奴隷商だけ殺して、俺たち商品は結局どこかに売るんだっけ?それとも自分の達の奴隷にするんだっけ?
あれ、憂さ晴らしに全員殺すこともあるんだっけ?

小さい頃、村の大人たちに働かないと奴隷として売り飛ばすと脅された時に一緒に聞いた話だ。前の村長は脅しはしたけど、仕事をしたらきちんと食事と寝床は与えてくれた。自由を手に入れる大人になるまでの辛抱だと思ってずっと耐えてきたのに。
結局、村長が変わって親のいない僕たちは”タダ飯食らい” として呆気なく売られてしまった。

身動きが取れないながらも、必死に芋虫のように這って弟を探す。先程の大きな揺れでも弟の声は聞こえなかった。荷馬車内が静かにざわめいている為か、弟の呼吸音も今は聞こえない。

荷馬車の入口がガタガタと外から開けようとする音が聞こえて来て、瞬時に皆身を固くするのを気配で感じた。

ガタンッ、キィーッ

扉が開き、目隠しをしていても外からの日差しで日中だと言う事が嫌でも分かるほど太陽が眩しい。

入り込む日差しの中でうっすらと人が入って来るのが分かった。

「うわっ、ひでぇな!ミッキィ、薬持ってきてー!」

「ちょっとぉ!勝手に行動しないでくださいよー!」

ミッキィと呼ばれた男性が遠くから声を張り上げている。

荷馬車の扉を開けた、意外と高い声だった彼はトコトコと荷馬車に入ってきてふとどこかで足を止めてしゃがんだ気配がした。

薬、と言っていたから僕たちのことを助けてくれるのだろうか。それともあまりにも酷い僕たちの状態を、少しでも高く売るために状態を良くしようとしてるだけかも知れない。

「うん、よしよし、良い子だ。」

彼が誰かに何かを言っているみたい。

その声は、まだ父さんと母さんが生きていた時の、僕たちを呼ぶ優しい声に少しだけ似てる気がした。

「君ぃ、縄切っちゃうから動かないでねー、よっと。」

先程のミッキィと呼ばれていた彼がすぐ側で僕に言ったその瞬間、手と足の拘束が外され自由になって、目隠しも外された。

荷馬車の中だけれども、外からの陽射しがとても眩しく思える。太陽はもう真上をとうに過ぎた頃合なのに、久しぶり過ぎて目が慣れるまでに暫くかかった。

「ねぇ、君たちって兄弟?」

声の高い彼が腕に弟を抱いて、屈んで聞いてくる。
目が慣れてくると、彼の容姿に違和感を覚えた。

耳が無い・・・。
尻尾も無い・・・。

「あれっ、もしかして耳が聞こえない!?それとも喋れない!?」

返事を返さず呆然と見上げる僕に、腕に弟を抱えたまま、彼はにわかに焦りだした。

「あ、えと、喋れ、ます、聞こえて、ます。」

久しぶりに声を発したからか掠れてしまったが、彼は俺の声を聞いてホッとした表情を見せてから「君たち兄弟だよね?」と再度聞いて来た。

僕と彼の腕の中で寝ている弟の事だろう。
僕と弟は髪の色も目の色も違う。耳も尻尾もなのでパッと見て兄弟だと思われることはまず無いはずだ。

「ぅん、2人だけの、兄弟。」

不思議に思いつつ答えながら、すやすや寝ている弟の髪を撫でる。

あんなに咳き込んでいたのに、今の穏やかな寝顔にほっとする。

その瞬間この人たちは、俺たちを助けてくれたんだと安堵の気持ちが広がると同時に、この先どうやって生きていくのかという不安も生まれる。

おそらく近くの村や街まで安全に連れて行ってくれて、この人達とはそこでさようならのはず。
弟はまだ小さいからとにかく僕が稼がないといけない。

でも、奴隷よりはずっとマシだ。
なんてったって僕たちは彼らのおかげで自由になったのだ。

彼に促されて荷馬車から降りる。

外では炊き出しや怪我人の手当てを行っていて、端っこに奴隷商達が縄で括られていた。

ここは恐らく街道から少し入った森の中。
それ迄の鬱々とした雰囲気はどこかへ霧散していて、今は安堵や希望の雰囲気が辺りを満たしていた。

「とりあえずまだ夕方前だけどここで一晩越すよ。それと色々考えたんだけどさ、君たち俺らと一緒に来ない?」

彼が振り返って僕に問う。

一緒に着いて行ったら、助けてくれた彼らに恩返しをする事が出来るのかな。今すぐはは無理でも、彼らの為になる事が出来るのかな。僕も彼らの仲間になる事が出来るのかな。

僕は彼に向かって答えた。

「一緒に行っても、良いですか?」
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