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前編*ツアグとサーフィラ*18
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<35>
一瞬より短い合間(あいま)に、ラントラファスはサーフィラの登場を
(なんというタイミングだ。素晴らしい。)
と思った。計画が、ここまでミス一つなく来たことに、我ながら驚いた。
目の前の状況を見たサーフィラは、瞬時に何が起きているのか知った。サーフィラの動きは、驚くほど素早かった。
ツアグは驚き、力を止めようとした。だが間に合わなかった。力は、ラントラファスをかばったサーフィラを直撃し、彼女を吹き飛ばした。
同時に、どこかで何かが割れた。音はしなかったが、世界の何かが割れたのが感じられた。
ツアグは、サーフィラの側(そば)に駆け寄った。
「サーフィラ!」
ツアグに抱(かか)えられ、サーフィラはうっすら目を開けた。そして虫の息の中、消えゆくような声で囁(ささや)いた。
「ごめんなさい…。私、彼を選んでしまいました…。いけなかったのでしょう…?」
「気にしなくていい。何も言わなくていい。」
「本当に…、あなたは…優しいのね…。温(あたた)かで…側(そば)に…いてくれて…。…ありがとう…ござい…ました…。」
「やめろ、サーフィラ。すぐに園(その)で手当てしてやるから、何もしゃべるな。」
サーフィラは力なく微笑み、小さく首を振った。力は、サーフィラの体内を無残(むざん)に破壊していた。サーフィラの時間は、既(すで)に残されていなかった。サーフィラから血の気が引いていく。命の火が消えようとしていた。
「…ごめん…なさい…。…私…あの子の所へ…行きます…。」
サーフィラは、最後に何か呟(つぶや)いた。別れの挨拶(あいさつ)だったのだろうか。ツアグには聞き取れなかった。サーフィラの体から力が抜け、彼女は逝(い)ってしまった。ツアグはサーフィラを抱きしめた。
確かに、周囲に決められた結婚だった。それにサーフィラは、ラントラファスに恋していた。だがそれでも、ツアグとサーフィラは心を寄せ合っていたのだ。
ツアグはラントラファスを見た。ラントラファスは、すでに異様な興奮状態から抜け出ていた。感情を失(な)くしたような顔で、こちらを見ている。ツアグは怒りを堪(こら)えて聞いた。
「そなたは成功したのか?何かが壊れていただろう?」
これに対し、ラントラファスは静かに答えた。それはエウデアトにとって残酷な答えだった。ラントラファスはその答えを、無表情な冷静さで告げた。
「ええ、計画通りに。完璧と言ってよいでしょう。ツアグ様が放ったお力でサーフィラ様が砕(くだ)かれた瞬間、サーフィラ様のお力が解放されました。そしてそのお力は、エウデアトの根幹の一部分(いちぶぶん)を砕(くだ)きました。まだ小さくひびが入っただけですが、時間が経てば確実にエウデアトを崩(くず)します。私は今回の計画をこの瞬間のために立て、長い年月をかけてまいりました。ツアグ様もサーフィラ様も、世界を揺るがせるほど傑出(けっしゅつ)した力をお持ちでしたから、お陰様で計画がうまく運びました、しかし私は、お二人の生涯を利用したことになります。それについては、深くお詫(わ)び申し上げます。」
ツアグが爆発した。
「ぬけぬけと何を言っている。何がお二人の生涯を利用した、だ。何がお詫び、だ。エウデアトを滅亡させるために、いとも容易(たやす)く私たちを利用したではないか。エウデアト全てが滅亡するのに、私とサーフィラだけが詫びられて喜ぶと思うか。」
ツアグは、ラントラファスから目を背(そむ)けて言った。
「ここから出ていけ。二度とその顔を見せるな。」
ラントラファスは一礼(いちれい)し、祭殿から出て行った。
ツアグはサーフィラの死に顔に目をやり、彼女の生涯を想った。また、エウデアトの過去と未来を想った。どうしようもなく涙がこみあげ、嗚咽(おえつ)が漏(も)れた。今なら誰にも見られない。ツアグは、腕の中のサーフィラの遺骸(いがい)に顔を埋(うず)め、泣いた。
その後、ツアグはサーフィラを花に変える儀式を行なった。他の花々と同様、サーフィラは可憐な花となり、川べりで柔らかな風に揺れた。
<36>
ラントラファスは、園(その)を歩きながら考えていた。
(あの時、ツアグは混沌と一体になっていた。ツアグは知らなかったかもしれないが、混沌の力を自在に操っていた。混沌はそれをお許しになった。混沌はツアグがお気に召したのだろうか?わからない。ツアグには、混沌の力をも自在に操れる能力がある。ツアグは自分の能力を、思う存分発揮していた。だがそれが、結果的にサーフィラを殺してしまった。)
皮肉だな、と思いかけて、ラントラファスは自嘲(じちょう)した。
(ツアグとサーフィラの力を利用したのは私だ。計画し実行したのは、私だ。
エウデアトの世界の根幹(こんかん)を砕(くだ)くこと。それが今回の計画だった。一度に全ては無理だが、一部でも砕ければ良かった。サーフィラの力なら、それができると思った。
サーフィラの力の多くは表に出ていなかったから、精神を世界に半分溶けた状態に持っていけば、サーフィラは力を発揮できるだろうと、私は踏(ふ)んだ。だから、私はサーフィラを世界に溶けさせるように、道筋を考えたのだ。ツアグとの結婚、私への恋、死産、全てがそのためのお膳立(ぜんだ)てだ。
ツアグも計画の一部だった。彼の衝撃波が私の命を危機にさらす時、サーフィラの力は最大限に発揮できると私は予想した。結局、私のお膳立て通りに事(こと)は進み、大成功だった。
もう一つ、ツアグが貢献してくれたことがある。ツアグが、サーフィラの精神のバランスを絶妙に保たせていたことだ。だからサーフィラの力は、最高のタイミングで、最大限に発揮できた。私はそれを、ツアグに期待してはいたが、絶対的にあてにしていたわけではなかった。だが、彼は何も知らずにやってのけてくれた。
全て、計画通りだった。うまく行き過ぎるほどだった。尤(もっと)も私は、王と王妃に、自分たちの世界を砕かせてしまったがな。)
ラントラファスは長い息をつき、目を閉じた。
(疲れた。設計者と時のご命令で色々な仕事をこなしてきたが、こんなに疲れたのは初めてだ。)
時系列(じけいれつ)(物事が起きた順番に、並べられた列)に支配されないラントラファスは、いつでも過去のエウデアトに戻り、何かしらの行動ができる。だが、二度とエウデアトの過去に戻る気になれなかった。
ラントラファスに、今まで経験したことのない感情が降(お)りてきた。エウデアトの全てが懐かしく悲しく、胸が乱された。彼は、エウデアトでの仕事は辛かったのだと気付いた。
(唯一(ゆいいつ)の救いは、ツアグがサーフィラを深く慈(いつく)しみ、サーフィラがツアグを心から信頼していたことだな。)
不意に体が重くなり、ラントラファスは動けなくなった。体が鉛(なまり)のようで、手足が自由に動かせなかった。一つの動作に懸命な努力が必要で、息切れがした。ラントラファスは、疲労が限界を超えていることを自覚した。
どうにも立っていられなくなり、ラントラファスはその場にくずおれた。意識を失う直前、彼の体は瞬間移動した。ラントラファスが実際に倒れたのは、馴染(なじ)み深い乳白色の世界だった。
<37>
ラントラファスはエウデアトの世界から消えた。正確に言うなら、ツアグの存在する時代から完全に姿を消した。
一瞬より短い合間(あいま)に、ラントラファスはサーフィラの登場を
(なんというタイミングだ。素晴らしい。)
と思った。計画が、ここまでミス一つなく来たことに、我ながら驚いた。
目の前の状況を見たサーフィラは、瞬時に何が起きているのか知った。サーフィラの動きは、驚くほど素早かった。
ツアグは驚き、力を止めようとした。だが間に合わなかった。力は、ラントラファスをかばったサーフィラを直撃し、彼女を吹き飛ばした。
同時に、どこかで何かが割れた。音はしなかったが、世界の何かが割れたのが感じられた。
ツアグは、サーフィラの側(そば)に駆け寄った。
「サーフィラ!」
ツアグに抱(かか)えられ、サーフィラはうっすら目を開けた。そして虫の息の中、消えゆくような声で囁(ささや)いた。
「ごめんなさい…。私、彼を選んでしまいました…。いけなかったのでしょう…?」
「気にしなくていい。何も言わなくていい。」
「本当に…、あなたは…優しいのね…。温(あたた)かで…側(そば)に…いてくれて…。…ありがとう…ござい…ました…。」
「やめろ、サーフィラ。すぐに園(その)で手当てしてやるから、何もしゃべるな。」
サーフィラは力なく微笑み、小さく首を振った。力は、サーフィラの体内を無残(むざん)に破壊していた。サーフィラの時間は、既(すで)に残されていなかった。サーフィラから血の気が引いていく。命の火が消えようとしていた。
「…ごめん…なさい…。…私…あの子の所へ…行きます…。」
サーフィラは、最後に何か呟(つぶや)いた。別れの挨拶(あいさつ)だったのだろうか。ツアグには聞き取れなかった。サーフィラの体から力が抜け、彼女は逝(い)ってしまった。ツアグはサーフィラを抱きしめた。
確かに、周囲に決められた結婚だった。それにサーフィラは、ラントラファスに恋していた。だがそれでも、ツアグとサーフィラは心を寄せ合っていたのだ。
ツアグはラントラファスを見た。ラントラファスは、すでに異様な興奮状態から抜け出ていた。感情を失(な)くしたような顔で、こちらを見ている。ツアグは怒りを堪(こら)えて聞いた。
「そなたは成功したのか?何かが壊れていただろう?」
これに対し、ラントラファスは静かに答えた。それはエウデアトにとって残酷な答えだった。ラントラファスはその答えを、無表情な冷静さで告げた。
「ええ、計画通りに。完璧と言ってよいでしょう。ツアグ様が放ったお力でサーフィラ様が砕(くだ)かれた瞬間、サーフィラ様のお力が解放されました。そしてそのお力は、エウデアトの根幹の一部分(いちぶぶん)を砕(くだ)きました。まだ小さくひびが入っただけですが、時間が経てば確実にエウデアトを崩(くず)します。私は今回の計画をこの瞬間のために立て、長い年月をかけてまいりました。ツアグ様もサーフィラ様も、世界を揺るがせるほど傑出(けっしゅつ)した力をお持ちでしたから、お陰様で計画がうまく運びました、しかし私は、お二人の生涯を利用したことになります。それについては、深くお詫(わ)び申し上げます。」
ツアグが爆発した。
「ぬけぬけと何を言っている。何がお二人の生涯を利用した、だ。何がお詫び、だ。エウデアトを滅亡させるために、いとも容易(たやす)く私たちを利用したではないか。エウデアト全てが滅亡するのに、私とサーフィラだけが詫びられて喜ぶと思うか。」
ツアグは、ラントラファスから目を背(そむ)けて言った。
「ここから出ていけ。二度とその顔を見せるな。」
ラントラファスは一礼(いちれい)し、祭殿から出て行った。
ツアグはサーフィラの死に顔に目をやり、彼女の生涯を想った。また、エウデアトの過去と未来を想った。どうしようもなく涙がこみあげ、嗚咽(おえつ)が漏(も)れた。今なら誰にも見られない。ツアグは、腕の中のサーフィラの遺骸(いがい)に顔を埋(うず)め、泣いた。
その後、ツアグはサーフィラを花に変える儀式を行なった。他の花々と同様、サーフィラは可憐な花となり、川べりで柔らかな風に揺れた。
<36>
ラントラファスは、園(その)を歩きながら考えていた。
(あの時、ツアグは混沌と一体になっていた。ツアグは知らなかったかもしれないが、混沌の力を自在に操っていた。混沌はそれをお許しになった。混沌はツアグがお気に召したのだろうか?わからない。ツアグには、混沌の力をも自在に操れる能力がある。ツアグは自分の能力を、思う存分発揮していた。だがそれが、結果的にサーフィラを殺してしまった。)
皮肉だな、と思いかけて、ラントラファスは自嘲(じちょう)した。
(ツアグとサーフィラの力を利用したのは私だ。計画し実行したのは、私だ。
エウデアトの世界の根幹(こんかん)を砕(くだ)くこと。それが今回の計画だった。一度に全ては無理だが、一部でも砕ければ良かった。サーフィラの力なら、それができると思った。
サーフィラの力の多くは表に出ていなかったから、精神を世界に半分溶けた状態に持っていけば、サーフィラは力を発揮できるだろうと、私は踏(ふ)んだ。だから、私はサーフィラを世界に溶けさせるように、道筋を考えたのだ。ツアグとの結婚、私への恋、死産、全てがそのためのお膳立(ぜんだ)てだ。
ツアグも計画の一部だった。彼の衝撃波が私の命を危機にさらす時、サーフィラの力は最大限に発揮できると私は予想した。結局、私のお膳立て通りに事(こと)は進み、大成功だった。
もう一つ、ツアグが貢献してくれたことがある。ツアグが、サーフィラの精神のバランスを絶妙に保たせていたことだ。だからサーフィラの力は、最高のタイミングで、最大限に発揮できた。私はそれを、ツアグに期待してはいたが、絶対的にあてにしていたわけではなかった。だが、彼は何も知らずにやってのけてくれた。
全て、計画通りだった。うまく行き過ぎるほどだった。尤(もっと)も私は、王と王妃に、自分たちの世界を砕かせてしまったがな。)
ラントラファスは長い息をつき、目を閉じた。
(疲れた。設計者と時のご命令で色々な仕事をこなしてきたが、こんなに疲れたのは初めてだ。)
時系列(じけいれつ)(物事が起きた順番に、並べられた列)に支配されないラントラファスは、いつでも過去のエウデアトに戻り、何かしらの行動ができる。だが、二度とエウデアトの過去に戻る気になれなかった。
ラントラファスに、今まで経験したことのない感情が降(お)りてきた。エウデアトの全てが懐かしく悲しく、胸が乱された。彼は、エウデアトでの仕事は辛かったのだと気付いた。
(唯一(ゆいいつ)の救いは、ツアグがサーフィラを深く慈(いつく)しみ、サーフィラがツアグを心から信頼していたことだな。)
不意に体が重くなり、ラントラファスは動けなくなった。体が鉛(なまり)のようで、手足が自由に動かせなかった。一つの動作に懸命な努力が必要で、息切れがした。ラントラファスは、疲労が限界を超えていることを自覚した。
どうにも立っていられなくなり、ラントラファスはその場にくずおれた。意識を失う直前、彼の体は瞬間移動した。ラントラファスが実際に倒れたのは、馴染(なじ)み深い乳白色の世界だった。
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ラントラファスはエウデアトの世界から消えた。正確に言うなら、ツアグの存在する時代から完全に姿を消した。
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