12 / 39
前編*ツアグとサーフィラ*11
しおりを挟む
<20>
ツアグは妻の変化に気付いた。
笑顔を作り、王妃にふさわしく振る舞ってはいたが、おざなりに見えた。そして日を追う毎(ごと)に、心が空を漂っているように、ぼんやりする時が増えた。泣いたらしく、目を赤くしていることもある。
ある時ツアグは偶然、サーフィラが隠れるようにして、きつく目を閉じているのを目撃した。憔悴(しょうすい)した顔で、痛みを堪(こら)えているようだった。それでツアグは思い至(いた)った。
(王妃は恋をしているのか。)
ツアグは恋を経験していた。だからサーフィラがどういう状態にいるのかがわかった。だが恋する者を慰めたところで、大した効果は得られない。ツアグはそう思い、サーフィラの様子を見守るのに留(とど)めていた。
それが変わったのは、サーフィラが美しくなったせいだ。決して幸福な美しさではなかった。妻が、研ぎ澄まされた刃(やいば)のような美しさを纏(まと)ってしまったのを知り、ツアグは見守るのをやめた。
ツアグは務(つと)めの量を可能な限り制限した。夜はサーフィラと共にいられるように時間をやりくりした。
初め、サーフィラはツアグが側(そば)にいることに気付かなかった。全てと自分との間に、膜一枚の隔(へだ)たりがあるようで、何も見なかったし、何も考えなかった。サーフィラの世界には、ラントラファスしかいなかった。
だが、側(そば)にいるツアグの温(ぬく)もりが、サーフィラの膜を徐々(じょじょ)に薄くしていった。
やがて膜が失われた時、サーフィラは現実を取り戻した。その時、彼女はツアグと共に執務室にいた。ツアグは執務机で、書類をチェックしている。ツアグの様子を見、室内を見回し、サーフィラは、自分がこの状況に全く気づいていなかったことに驚いた。
ツアグがサーフィラに目をやり、静かな声で尋ねた。
「何か飲み物でも?」
「暖かなお茶を頂きたいわ…。」
ツアグが命じ、侍女が馥郁(ふくいく)とした香りの花(はな)茶(ちゃ)を持ってきた。サーフィラはゆっくりと花茶を飲み、香りと温(あたた)かさを味わった。部屋に静かな時が流れる。ツアグは何も言わず、執務を続けていた。
ツアグは自分のために側(そば)にいてくれていると、サーフィラは思った。つまりツアグは、サーフィラが恋をし、辛い状態にあることを知っているのだと、サーフィラは理解した。ツアグが、サーフィラの恋を知っているのは悲しいことだったが、それ以上に、今、側にいてくれることはありがたかった。
<21>
ツアグは元通りの多忙に戻ったが、ツアグとサーフィラは、必要な距離を保ちつつ、心の繋(つな)がりを作るために互いに模索(もさく)した。そして試行錯誤しながらも、寄り添うように毎日を過ごした。
サーフィラのラントラファスへの想いは変わらなかったが、ツアグがいてくれると思うと、サーフィラは心が温(ぬく)もるのを知った。
ツアグは妻の変化に気付いた。
笑顔を作り、王妃にふさわしく振る舞ってはいたが、おざなりに見えた。そして日を追う毎(ごと)に、心が空を漂っているように、ぼんやりする時が増えた。泣いたらしく、目を赤くしていることもある。
ある時ツアグは偶然、サーフィラが隠れるようにして、きつく目を閉じているのを目撃した。憔悴(しょうすい)した顔で、痛みを堪(こら)えているようだった。それでツアグは思い至(いた)った。
(王妃は恋をしているのか。)
ツアグは恋を経験していた。だからサーフィラがどういう状態にいるのかがわかった。だが恋する者を慰めたところで、大した効果は得られない。ツアグはそう思い、サーフィラの様子を見守るのに留(とど)めていた。
それが変わったのは、サーフィラが美しくなったせいだ。決して幸福な美しさではなかった。妻が、研ぎ澄まされた刃(やいば)のような美しさを纏(まと)ってしまったのを知り、ツアグは見守るのをやめた。
ツアグは務(つと)めの量を可能な限り制限した。夜はサーフィラと共にいられるように時間をやりくりした。
初め、サーフィラはツアグが側(そば)にいることに気付かなかった。全てと自分との間に、膜一枚の隔(へだ)たりがあるようで、何も見なかったし、何も考えなかった。サーフィラの世界には、ラントラファスしかいなかった。
だが、側(そば)にいるツアグの温(ぬく)もりが、サーフィラの膜を徐々(じょじょ)に薄くしていった。
やがて膜が失われた時、サーフィラは現実を取り戻した。その時、彼女はツアグと共に執務室にいた。ツアグは執務机で、書類をチェックしている。ツアグの様子を見、室内を見回し、サーフィラは、自分がこの状況に全く気づいていなかったことに驚いた。
ツアグがサーフィラに目をやり、静かな声で尋ねた。
「何か飲み物でも?」
「暖かなお茶を頂きたいわ…。」
ツアグが命じ、侍女が馥郁(ふくいく)とした香りの花(はな)茶(ちゃ)を持ってきた。サーフィラはゆっくりと花茶を飲み、香りと温(あたた)かさを味わった。部屋に静かな時が流れる。ツアグは何も言わず、執務を続けていた。
ツアグは自分のために側(そば)にいてくれていると、サーフィラは思った。つまりツアグは、サーフィラが恋をし、辛い状態にあることを知っているのだと、サーフィラは理解した。ツアグが、サーフィラの恋を知っているのは悲しいことだったが、それ以上に、今、側にいてくれることはありがたかった。
<21>
ツアグは元通りの多忙に戻ったが、ツアグとサーフィラは、必要な距離を保ちつつ、心の繋(つな)がりを作るために互いに模索(もさく)した。そして試行錯誤しながらも、寄り添うように毎日を過ごした。
サーフィラのラントラファスへの想いは変わらなかったが、ツアグがいてくれると思うと、サーフィラは心が温(ぬく)もるのを知った。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
【完結】君の世界に僕はいない…
春野オカリナ
恋愛
アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。
それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。
薬の名は……。
『忘却の滴』
一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。
それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。
父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。
彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる