花の蜜は何より甘く

FEEL

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 一週間後。私は病院のベッドの上で目を覚ました。いったい何回目の流れなんだ。
 体を起こしてすっかり見慣れた病室を見回すと、前と同じように朝食が置かれていた。どうやらまた寝坊してしまったらしい。朝食が乗ったトレーを机に置いて、完全に冷めてしまったコーンスープを啜っていると、短くノックをしてから武藤が扉を開けた。

「寝間着姿もすっかり馴染んでいるな」

 開口一番に皮肉を言われたが、自覚はしているのでスープを啜ることに集中する。食事をしている私を一瞥した武藤はパイプ椅子に座って食器の横に書類を並べた。

「なんですか、これ?」
「診断書だ。衣笠香のな」

 書類を一枚手に取ってみると、確かに衣笠香と書かれていた。四角に区切られたマス目に文字と数値がずらりと書き込まれていたが、見ただけでは何がなんだかわからなかった。
 もう一枚の書類を手に取ってみると直筆で色々と書かれていた。字が崩れすぎていて大まかにしか読めないが、精神の障害が認められる。という旨のものだった。

「衣笠香は明らかに錯乱していたからな、精神鑑定に回されたんだが、まぁ色々出てきてな」

 武藤は書類を上から取っていき、病名を羅列していく。心的外傷後ストレス障害。急性ストレス障害。パニック障害。自律神経失調症。読み上げられていく書類の中から、武藤は一枚を手に取った。

「これだ、脱抑制型愛着障害」
「だつ……なんですって?」
「簡単に言うと、愛して欲しくて、滅茶苦茶な方法を取る……という感じだ。誰にでも愛想を振りまくかと思いきや、関心を求めて注意を引こうとしたり……彼女の自分を危険に晒す行動もこの一環だったって訳だな」
「でも、お姉ちゃんは自分はどこも悪くないっ、て言ってましたよ」
「真に受けるなよ、妹を刺し殺そうとするのが正常な訳ないだろうが」

 呆れた顔で武藤が言った。

「まぁこんな状態な訳だから、色々難儀してな。白骨死体についても衣笠香は直接手を下したわけでもないし、当時は子供だったからな……責任を問うのも難しいから、有罪にするのは無理そうだと思ってたんだが」
「だが?」
「衣笠香自身が、自覚を持って殺人を誘導したって認めたんだ。しっかりと罪の意識を持っていた証拠に、明るみに出ていない余罪も次々に出してきてな。事実確認に現場はもうパニックだよ」

 机に書類を投げ置いた武藤は背もたれにもたれ掛かって大きく息を吐いた。どうやら家の姉は、捕まってからも相当に手のかかる相手のようだ。

「まぁ、判決がどうなるにしろ。暫くは拘留されて、シャバには出られんだろうがな……すまんな。お姉ちゃんを捕まえちまって」
「いえ……いいんですよ。武藤さんが来なかったとしても、私はお姉ちゃんを警察に連れていくつもりでした」

 罪をすべて償って、真っ当な人間としてやり直す。それこそが幸せになれる道筋だと私は今も信じていた。今は贖罪への道程なだけ、すべてを償えば。また昔みたいに笑い合える。そう思うと感謝こそすれ、武藤を責める気はなかった。

「それに武藤さんが来なかったら、多分私は死んでましたからね」

 包帯が巻かれた腕を持ち上げて武藤に見せつける。出血は酷かったのだが、ナイフは皮を切りつけただけで、大した傷にはならなかった。
 武藤が庇ってくれなかったら、これだけでは済んでいなかった。私は刺し殺され、贖罪を待つことすら叶わなかっただろう。

「ありがとうございました」

 だから私は、本心で武藤に伝えた。命を救ってくれたこと、それと姉と引き合わせてくれたことに対して。
 面食らった武藤は暫く固まったかと思うと、照れくさそうに顔を横に向けて頭を掻いていた。

「あー、なんだ。入院生活もこう長くなったら暇だろう? もう少し落ち着いたら、面会でもするか?」
「え、いいんですかっ」
「あぁ。十数年分の積もる話もあるだろうしな。それに妹と話せば新しい情報も出てくるかも知れんし」
「あー残念。最後の一言がなければ優しいおじさんって印象を持ったのに。詰めが甘いですね」
「おじさんなのは自覚しているが、面と向かって言われるとクるものがあるな……」

 わざとらしく落ち込んでいる武藤をよそに、姉と会ったら何を話そうかと考えていた。叔父のこと、店のこと、これからのこと、話すことは山ほどあった。
 順を追って、ゆっくりと話すことにしよう。姉は見つかったんだ、これからいくらでも話す時間はあるのだから。
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