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唐突に電子音が鳴り響いた。
二人して驚いた後、辺りを伺うと周りを照らしていた電灯が一斉にこちらを向いていた。電子音は森田の方から聞こえる。森田が慌ててポケットを探ると、スマホが鳴っていた。
「も、森田さん。どうして音を止めておかなかったんですか。仮にも潜伏中でしょう」
「そうだけど、香に言われて……」
大事な会話を止められた苛立ちを森田にぶつける。彼はしどろもどろになりながらもスマホを覗いた。
「香だ。どうして、暫く連絡できないって言っておいたのに」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ。警察官が来てます」
訝しんでいる森田を余所に私の近づいてくる電灯を見ていた。光はどんどん強くなり、数も増していく。
「早く、早く答えてください。お姉ちゃんはどうなってるんですかっ」
ここで森田が警察に捕まってしまえば、彼から話を聞くのは大分時間が掛かるかも知れない。なにしろ彼は殺人犯だ。実刑は確実だろうし、例の白骨死体の件もある。そうなれば長時間拘束されるのは間違いないだろう。
会話の続きを催促するが、森田は姉からの着信に意識をやっていて私の言葉に見向きもしない。そうしている間に藪を掻き分けて警察がやって来た。
「いたっ。いたぞ! 森田だ!」
一人が声を張り上げると。周りの警察官が森田に飛び掛かった。あっという間に拘束された森田は話をする隙間もなく連れていかれてしまった。茫然としていると、武藤が声を掛けてきた。
「一人で行動するなと言っといたのに、何してんだあんたは」
「す、すいません。ちょっと確認しようとしただけなんですけど。まさか鉢合わせるとは思わなくて」
「まぁ――怪我がなかったようでなによりだが、何か話してたのか?」
「えぇまぁ。時間が取れた時に説明します」
「そうか。わかった」
パトランプが一斉に点灯して、山口を含めて周りの警察官が忙しそうに動き回っていた。このタイミングで話すのは無理そうだと思ってそれだけ言うと、武藤は搬送されていく森田のところに向かった。藪から出てパトランプの光を眺めていると、突然体が重くなってその場にしゃがみこんだ。
「つ……疲れた」
気になることは山ほどあったが、思考に体がついてこない。今日は色々ありすぎた。
少しの間休んでいた私は、なんとか動けるようになってから警察に合流した。病院まで送ってもらってから、だるい体を何とかベッドまで運んで、倒れるように眠りについた。
それから数日の間。何事もなく過ごしていた。時折山口の病室にいって近況を聞こうとしていたが、療養を理由に捜査を外された山口は何も聞かされておらず。武藤がやってくるのを待つしかなかった。
やることもないので叔父や江崎に電話で近況を報告した。(怪我したこととかは秘密にしておいた)鹿児島を出て一週間近く経っていたから怒られるかも知れないと思っていたが、全然そんなことはなかった。寧ろお土産は何を用意しているのかとか、観光名所には行ったのかとか、どうでもいい話題ばかりした気がする。
そこから更に二日が経って、やっと武藤が病室に訪れた。
「元気そうじゃないか」
「えぇ。頭の傷も大分良くなりましたからね」
包帯でぐるぐる巻きだった頭部はネットとガーゼだけになっていた。既に痛みも殆どなく、湿気で抑えられている髪の毛が蒸れるのが不快な程度だった。
「そんなことより、森田はどうなりました?」
「あぁ、その件で今日はきたんだ。森田と衣笠香は行方を眩ませてから、一緒に暮らしていたらしい」
「えぇ、森田が捕まった時、本人から聞きました」
「そうなのか。じゃあこれはどうだ。衣笠香を施設から連れ出したのは森田って話だ」
「いえ……それは聞いてません」
私が言うと、武藤は勝ち誇った顔をして「そうかそうか」と笑みを浮かべた。おじさんがはしゃぐ姿に少しだけいらっときて何かいってやろうかと思ったけど、言い返すと話が進まないので黙っていることにした。
「事の発端は森田が面会に言った時だ。保護された衣笠香は明らかに疲弊していた。それに心を痛めた森田は少しでも癒しになればと施設に通うことを決めたそうだ」
「森田さんのお母さんが言っていたやつですね」
「あぁ。だが衣笠香は相変わらずだ。何度面会に行っても話すどころか表情すら変えようとしない。そして何度目かの面会で、初めて衣笠香が口を開いた」
「何て言ったんですか?」
「私を助けて。だと」
「助けて?」
「可笑しな話だろう。強盗事件から助けてもらったっていうのに、また助けて欲しいと言ってきたんだ。当然森田も疑問に思った。何から助けてほしいんだい?って質問したんだな。すると、この施設から。って答えが返って来たらしい」
「施設から……? 何かされていたってことですか?」
「森田が聞いた話を要約すると、職員から性的被害を受けているって内容だったらしい。それを聞いた森田は愕然とした。自分が助けた少女がそのせいで酷い目にあっていると。感化された森田は衣笠香の頼みを了承。そして実行したらしい」
「なるほど、森田さんらしいです」
「だが、上手くはいかなかった。衣笠香がいなくなったことに気付いた施設職員が追いかけてきたんだ。しかもその職員は性的行為を強要してくる職員だったから衣笠香はパニックを起こし。そうこうしている間に追いつかれてしまう」
「……もしかして、例の白骨死体って」
私の言葉に、武藤はゆっくり頷いて答えた。
「殺したのは森田だ。職員は森田の存在に気が付いていなかった、衣笠香一人で脱走したと思っていたんだ。森田はパニックで動けなくなった衣笠香をその場に置いて隠れた。そして職員が気を取られている間に後ろから石で殴りつけたんだ。そのまま逃げればよかったんだが、どうにも森田は潔癖の癖があったようで、抵抗できない相手をいいように弄ぶ男が許せなかったらしい。それで殺意をもって殺した。気が動転して死体の処理まで頭が回らなかったが、幸い付近は人の寄り付かない森だ。おかげで最近まで見つからなかった訳だな」
「そして、二人は山を降りて第二の人生を始めた。ということですか」
「そういうことだ」
説明を終えた武藤は満足げに笑みを浮かべた。追っていた事件が解決して肩の荷が降りたのだろう。話疲れたのか、ペットボトルに入った水を口に運ぶ武藤は、捜査していた時と比べて表情が緩み切っている。こうしてリラックスしている彼を見ていると思いのほか若く見えることに少しだけ驚いた。
それにしても、森田が姉を匿っていたとは驚きだ。優しい人物だというのは散々見てきたが、まさか誘拐紛いのことまでしていたとは。無論、森田の心境は想像できなくはない。命の危険を顧みず人助けをしたというのに、助けた女の子が再び被害にあっていると訴えてきたのだ。それでは助けた意味がない。
だが、名前を変えて拉致誘拐はいくらなんでもやり過ぎだ。相手が同意していたとはいえ、当時の姉はまだまだ子供なのだから、強硬手段に走るより先に、しかるべき機関に訴えかけるべきだ。こんな方法では逃げた先でも肩身が狭い思いをしてしまう。それだと助けたとは到底言えないように思えた。
そう。こんな独りよがりの方法は暴力と対して変わりないのではないか? 助けたと言えば聞こえはいいが、この場合。もしも森田から見放されてしまったら、子供である姉に生きていく術はないのだ。そんな救済。善意という膜に包んだだけで、強盗に襲われるのやセクハラ等の性的被害と変わりないように思えた。
二人して驚いた後、辺りを伺うと周りを照らしていた電灯が一斉にこちらを向いていた。電子音は森田の方から聞こえる。森田が慌ててポケットを探ると、スマホが鳴っていた。
「も、森田さん。どうして音を止めておかなかったんですか。仮にも潜伏中でしょう」
「そうだけど、香に言われて……」
大事な会話を止められた苛立ちを森田にぶつける。彼はしどろもどろになりながらもスマホを覗いた。
「香だ。どうして、暫く連絡できないって言っておいたのに」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ。警察官が来てます」
訝しんでいる森田を余所に私の近づいてくる電灯を見ていた。光はどんどん強くなり、数も増していく。
「早く、早く答えてください。お姉ちゃんはどうなってるんですかっ」
ここで森田が警察に捕まってしまえば、彼から話を聞くのは大分時間が掛かるかも知れない。なにしろ彼は殺人犯だ。実刑は確実だろうし、例の白骨死体の件もある。そうなれば長時間拘束されるのは間違いないだろう。
会話の続きを催促するが、森田は姉からの着信に意識をやっていて私の言葉に見向きもしない。そうしている間に藪を掻き分けて警察がやって来た。
「いたっ。いたぞ! 森田だ!」
一人が声を張り上げると。周りの警察官が森田に飛び掛かった。あっという間に拘束された森田は話をする隙間もなく連れていかれてしまった。茫然としていると、武藤が声を掛けてきた。
「一人で行動するなと言っといたのに、何してんだあんたは」
「す、すいません。ちょっと確認しようとしただけなんですけど。まさか鉢合わせるとは思わなくて」
「まぁ――怪我がなかったようでなによりだが、何か話してたのか?」
「えぇまぁ。時間が取れた時に説明します」
「そうか。わかった」
パトランプが一斉に点灯して、山口を含めて周りの警察官が忙しそうに動き回っていた。このタイミングで話すのは無理そうだと思ってそれだけ言うと、武藤は搬送されていく森田のところに向かった。藪から出てパトランプの光を眺めていると、突然体が重くなってその場にしゃがみこんだ。
「つ……疲れた」
気になることは山ほどあったが、思考に体がついてこない。今日は色々ありすぎた。
少しの間休んでいた私は、なんとか動けるようになってから警察に合流した。病院まで送ってもらってから、だるい体を何とかベッドまで運んで、倒れるように眠りについた。
それから数日の間。何事もなく過ごしていた。時折山口の病室にいって近況を聞こうとしていたが、療養を理由に捜査を外された山口は何も聞かされておらず。武藤がやってくるのを待つしかなかった。
やることもないので叔父や江崎に電話で近況を報告した。(怪我したこととかは秘密にしておいた)鹿児島を出て一週間近く経っていたから怒られるかも知れないと思っていたが、全然そんなことはなかった。寧ろお土産は何を用意しているのかとか、観光名所には行ったのかとか、どうでもいい話題ばかりした気がする。
そこから更に二日が経って、やっと武藤が病室に訪れた。
「元気そうじゃないか」
「えぇ。頭の傷も大分良くなりましたからね」
包帯でぐるぐる巻きだった頭部はネットとガーゼだけになっていた。既に痛みも殆どなく、湿気で抑えられている髪の毛が蒸れるのが不快な程度だった。
「そんなことより、森田はどうなりました?」
「あぁ、その件で今日はきたんだ。森田と衣笠香は行方を眩ませてから、一緒に暮らしていたらしい」
「えぇ、森田が捕まった時、本人から聞きました」
「そうなのか。じゃあこれはどうだ。衣笠香を施設から連れ出したのは森田って話だ」
「いえ……それは聞いてません」
私が言うと、武藤は勝ち誇った顔をして「そうかそうか」と笑みを浮かべた。おじさんがはしゃぐ姿に少しだけいらっときて何かいってやろうかと思ったけど、言い返すと話が進まないので黙っていることにした。
「事の発端は森田が面会に言った時だ。保護された衣笠香は明らかに疲弊していた。それに心を痛めた森田は少しでも癒しになればと施設に通うことを決めたそうだ」
「森田さんのお母さんが言っていたやつですね」
「あぁ。だが衣笠香は相変わらずだ。何度面会に行っても話すどころか表情すら変えようとしない。そして何度目かの面会で、初めて衣笠香が口を開いた」
「何て言ったんですか?」
「私を助けて。だと」
「助けて?」
「可笑しな話だろう。強盗事件から助けてもらったっていうのに、また助けて欲しいと言ってきたんだ。当然森田も疑問に思った。何から助けてほしいんだい?って質問したんだな。すると、この施設から。って答えが返って来たらしい」
「施設から……? 何かされていたってことですか?」
「森田が聞いた話を要約すると、職員から性的被害を受けているって内容だったらしい。それを聞いた森田は愕然とした。自分が助けた少女がそのせいで酷い目にあっていると。感化された森田は衣笠香の頼みを了承。そして実行したらしい」
「なるほど、森田さんらしいです」
「だが、上手くはいかなかった。衣笠香がいなくなったことに気付いた施設職員が追いかけてきたんだ。しかもその職員は性的行為を強要してくる職員だったから衣笠香はパニックを起こし。そうこうしている間に追いつかれてしまう」
「……もしかして、例の白骨死体って」
私の言葉に、武藤はゆっくり頷いて答えた。
「殺したのは森田だ。職員は森田の存在に気が付いていなかった、衣笠香一人で脱走したと思っていたんだ。森田はパニックで動けなくなった衣笠香をその場に置いて隠れた。そして職員が気を取られている間に後ろから石で殴りつけたんだ。そのまま逃げればよかったんだが、どうにも森田は潔癖の癖があったようで、抵抗できない相手をいいように弄ぶ男が許せなかったらしい。それで殺意をもって殺した。気が動転して死体の処理まで頭が回らなかったが、幸い付近は人の寄り付かない森だ。おかげで最近まで見つからなかった訳だな」
「そして、二人は山を降りて第二の人生を始めた。ということですか」
「そういうことだ」
説明を終えた武藤は満足げに笑みを浮かべた。追っていた事件が解決して肩の荷が降りたのだろう。話疲れたのか、ペットボトルに入った水を口に運ぶ武藤は、捜査していた時と比べて表情が緩み切っている。こうしてリラックスしている彼を見ていると思いのほか若く見えることに少しだけ驚いた。
それにしても、森田が姉を匿っていたとは驚きだ。優しい人物だというのは散々見てきたが、まさか誘拐紛いのことまでしていたとは。無論、森田の心境は想像できなくはない。命の危険を顧みず人助けをしたというのに、助けた女の子が再び被害にあっていると訴えてきたのだ。それでは助けた意味がない。
だが、名前を変えて拉致誘拐はいくらなんでもやり過ぎだ。相手が同意していたとはいえ、当時の姉はまだまだ子供なのだから、強硬手段に走るより先に、しかるべき機関に訴えかけるべきだ。こんな方法では逃げた先でも肩身が狭い思いをしてしまう。それだと助けたとは到底言えないように思えた。
そう。こんな独りよがりの方法は暴力と対して変わりないのではないか? 助けたと言えば聞こえはいいが、この場合。もしも森田から見放されてしまったら、子供である姉に生きていく術はないのだ。そんな救済。善意という膜に包んだだけで、強盗に襲われるのやセクハラ等の性的被害と変わりないように思えた。
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