25 / 35
10-3
しおりを挟む
「うわっ……」
頭を引っ込めようとした瞬間、胸ぐらを掴まれる感触がした。直後に体が引っ張られて、抵抗する間もなく私の体は宙に浮いた。掴まれる胸ぐらに腕を伸ばすと、私ではない誰かの腕に触れた。
「いや……や、やめてっ」
腕を引きはがそうとするが相当な力で、私の腕力では到底敵わない。体を揺らしてもがいていると、引っ張られた服が首を絞めつけていき、息がどんどん苦しくなっていく。
「かっ、……はっ」
まずい。意識が朦朧としてきた――。力を振り絞って相手の腕に爪を立ててみるが、怯む様子はない。どうにもできないまま、何も考えられなくなってきた。
――思い起こせばいじめられていた時も暴力は受けたことはなかった。肉体的被害を与えてしまえばとんでもない仕返しをされてしまうと考えていたのかも知れないが、今となってはわからない。だが最近になってからというもの、頭をたたき割られるわ、首を締めあげられるわ、肉体的被害を被っている。本当に、私の人生はロクなことが起きないようだ。何でこんな状況で人生を振り返っているのだろうか。もしかして、これが走馬灯というやつなのか。
酸素が足りないせいで考えることもままならなくなってきた。爪を突き立てていた腕の力はいつの間にか抜けていて、体の重みを感じる。もう、駄目だと思った。
瞬間。暗闇が反転したかと思うほど眩い光が視界を覆いつくした。
「衣笠さん!」
私を呼ぶ声が聞こえたと同時に、体を吹き飛ばされて床にたたきつけられた。背中を思い切り打ったせいか、一瞬何かが詰まったように息が出来なかったが、体が勝手に酸素を吸い込んで意識がはっきりとした。
「げほっ、う、げほっ……や、山口さん?」
咳き込みつつも、なんとか呼吸を安定させてから明るくなった方に目をやると、床に落ちたスマホのライトに照らされた、山口の姿が見えた。山口の正面にはもう一人男がいて、山口と取っ組み合いをしている。脳裏に焼き付く黒い衣装。相手の男性は森田だった。
「衣笠さん、大丈夫ですか!」
「は、はい! 山口さん、相手の男。森田です!」
伝えると、山口は相手の顔を睨みつけた。なんとか組み伏せようとしているようだったが、森田の抵抗が激しく。膠着状態が続いていた。
「森田さん? 森田さんですよね? 私、衣笠です。どうしてこんなことしているんですか。いったい何があったんですか⁉」
「衣……笠っ?」
「そうです。姉妹と遊んでくれていたでしょう? 私は妹の衣笠蓬です」
「蓬……ちゃん? うそだ、なんで今頃……」
私の言葉に森田は戸惑いの声を上げていた。その一瞬の隙をついて山口が胸元を掴むと、森田を押し倒すように倒れこんだ。
「よし! 観念しろ、森田!」
「ぐっ……」
覆いかぶさった山口をなんとか振りほどこうと森田は暴れていた。だが山口は微動だにせず、森田の腕だけが地面をかくようにばたついていた。彼の表情は刑事ドラマの犯人役そのもので、必死に暴れている森田を見て悲しい気持ちになった。
「森田さん、どうして……」
漏れるように声に出すと、森田がこちらを見た。私の顔を見て目を見開いた彼は、隠すようにうつむいた。
「確かに蓬ちゃんだ。雰囲気が香にそっくりだ。なるほどな」
「香……ってお姉ちゃんのことですか? 森田さんはお姉ちゃんのことを知ってるんですか?」
「? 何いってるんだ、知ってて会いにいったんじゃないのか?」
「え……」
森田と話していると、廊下の照明がちかちかと点滅したとおもいきや、一気に点灯を始めた。暗闇に目が慣れていた私は思わず目蓋を閉じた。ほどなくして忙しない足音が近づき、「何してるんですか」と女性の声が聞こえた。
「どけっ!」
「うおっ」
目を開けたのは山口の驚いた声が聞こえてからだった。薄目で山口を確認すると、床に転がった山口が廊下を見つめていた。見つめている先を追いかけると、森田が逃げているのが見えた。走り去っていく森田はこちらに一瞥もくれずに、腕を振って看護師に威嚇した姿を最後に廊下を曲がって見えなくなった。入れ替わるように看護師たちがこちらにやってくる。
状況を説明する山口を眺めながら、私は森田との会話を頭の中で反芻していた。
頭を引っ込めようとした瞬間、胸ぐらを掴まれる感触がした。直後に体が引っ張られて、抵抗する間もなく私の体は宙に浮いた。掴まれる胸ぐらに腕を伸ばすと、私ではない誰かの腕に触れた。
「いや……や、やめてっ」
腕を引きはがそうとするが相当な力で、私の腕力では到底敵わない。体を揺らしてもがいていると、引っ張られた服が首を絞めつけていき、息がどんどん苦しくなっていく。
「かっ、……はっ」
まずい。意識が朦朧としてきた――。力を振り絞って相手の腕に爪を立ててみるが、怯む様子はない。どうにもできないまま、何も考えられなくなってきた。
――思い起こせばいじめられていた時も暴力は受けたことはなかった。肉体的被害を与えてしまえばとんでもない仕返しをされてしまうと考えていたのかも知れないが、今となってはわからない。だが最近になってからというもの、頭をたたき割られるわ、首を締めあげられるわ、肉体的被害を被っている。本当に、私の人生はロクなことが起きないようだ。何でこんな状況で人生を振り返っているのだろうか。もしかして、これが走馬灯というやつなのか。
酸素が足りないせいで考えることもままならなくなってきた。爪を突き立てていた腕の力はいつの間にか抜けていて、体の重みを感じる。もう、駄目だと思った。
瞬間。暗闇が反転したかと思うほど眩い光が視界を覆いつくした。
「衣笠さん!」
私を呼ぶ声が聞こえたと同時に、体を吹き飛ばされて床にたたきつけられた。背中を思い切り打ったせいか、一瞬何かが詰まったように息が出来なかったが、体が勝手に酸素を吸い込んで意識がはっきりとした。
「げほっ、う、げほっ……や、山口さん?」
咳き込みつつも、なんとか呼吸を安定させてから明るくなった方に目をやると、床に落ちたスマホのライトに照らされた、山口の姿が見えた。山口の正面にはもう一人男がいて、山口と取っ組み合いをしている。脳裏に焼き付く黒い衣装。相手の男性は森田だった。
「衣笠さん、大丈夫ですか!」
「は、はい! 山口さん、相手の男。森田です!」
伝えると、山口は相手の顔を睨みつけた。なんとか組み伏せようとしているようだったが、森田の抵抗が激しく。膠着状態が続いていた。
「森田さん? 森田さんですよね? 私、衣笠です。どうしてこんなことしているんですか。いったい何があったんですか⁉」
「衣……笠っ?」
「そうです。姉妹と遊んでくれていたでしょう? 私は妹の衣笠蓬です」
「蓬……ちゃん? うそだ、なんで今頃……」
私の言葉に森田は戸惑いの声を上げていた。その一瞬の隙をついて山口が胸元を掴むと、森田を押し倒すように倒れこんだ。
「よし! 観念しろ、森田!」
「ぐっ……」
覆いかぶさった山口をなんとか振りほどこうと森田は暴れていた。だが山口は微動だにせず、森田の腕だけが地面をかくようにばたついていた。彼の表情は刑事ドラマの犯人役そのもので、必死に暴れている森田を見て悲しい気持ちになった。
「森田さん、どうして……」
漏れるように声に出すと、森田がこちらを見た。私の顔を見て目を見開いた彼は、隠すようにうつむいた。
「確かに蓬ちゃんだ。雰囲気が香にそっくりだ。なるほどな」
「香……ってお姉ちゃんのことですか? 森田さんはお姉ちゃんのことを知ってるんですか?」
「? 何いってるんだ、知ってて会いにいったんじゃないのか?」
「え……」
森田と話していると、廊下の照明がちかちかと点滅したとおもいきや、一気に点灯を始めた。暗闇に目が慣れていた私は思わず目蓋を閉じた。ほどなくして忙しない足音が近づき、「何してるんですか」と女性の声が聞こえた。
「どけっ!」
「うおっ」
目を開けたのは山口の驚いた声が聞こえてからだった。薄目で山口を確認すると、床に転がった山口が廊下を見つめていた。見つめている先を追いかけると、森田が逃げているのが見えた。走り去っていく森田はこちらに一瞥もくれずに、腕を振って看護師に威嚇した姿を最後に廊下を曲がって見えなくなった。入れ替わるように看護師たちがこちらにやってくる。
状況を説明する山口を眺めながら、私は森田との会話を頭の中で反芻していた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

【完結】共生
ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。
ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。
隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

魔法使いが死んだ夜
ねこしゃけ日和
ミステリー
一時は科学に押されて存在感が低下した魔法だが、昨今の技術革新により再び脚光を浴びることになった。
そんな中、ネルコ王国の王が六人の優秀な魔法使いを招待する。彼らは国に貢献されるアイテムを所持していた。
晩餐会の前日。招かれた古城で六人の内最も有名な魔法使い、シモンが部屋の外で死体として発見される。
死んだシモンの部屋はドアも窓も鍵が閉められており、その鍵は室内にあった。
この謎を解くため、国は不老不死と呼ばれる魔法使い、シャロンが呼ばれた。
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どんでん返し
井浦
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~
ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが…
(「薪」より)

秘められた遺志
しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる