花の蜜は何より甘く

FEEL

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「うわっ……」

 頭を引っ込めようとした瞬間、胸ぐらを掴まれる感触がした。直後に体が引っ張られて、抵抗する間もなく私の体は宙に浮いた。掴まれる胸ぐらに腕を伸ばすと、私ではない誰かの腕に触れた。

「いや……や、やめてっ」

 腕を引きはがそうとするが相当な力で、私の腕力では到底敵わない。体を揺らしてもがいていると、引っ張られた服が首を絞めつけていき、息がどんどん苦しくなっていく。

「かっ、……はっ」

 まずい。意識が朦朧としてきた――。力を振り絞って相手の腕に爪を立ててみるが、怯む様子はない。どうにもできないまま、何も考えられなくなってきた。
 ――思い起こせばいじめられていた時も暴力は受けたことはなかった。肉体的被害を与えてしまえばとんでもない仕返しをされてしまうと考えていたのかも知れないが、今となってはわからない。だが最近になってからというもの、頭をたたき割られるわ、首を締めあげられるわ、肉体的被害を被っている。本当に、私の人生はロクなことが起きないようだ。何でこんな状況で人生を振り返っているのだろうか。もしかして、これが走馬灯というやつなのか。
 酸素が足りないせいで考えることもままならなくなってきた。爪を突き立てていた腕の力はいつの間にか抜けていて、体の重みを感じる。もう、駄目だと思った。
 瞬間。暗闇が反転したかと思うほど眩い光が視界を覆いつくした。

「衣笠さん!」

 私を呼ぶ声が聞こえたと同時に、体を吹き飛ばされて床にたたきつけられた。背中を思い切り打ったせいか、一瞬何かが詰まったように息が出来なかったが、体が勝手に酸素を吸い込んで意識がはっきりとした。

「げほっ、う、げほっ……や、山口さん?」

 咳き込みつつも、なんとか呼吸を安定させてから明るくなった方に目をやると、床に落ちたスマホのライトに照らされた、山口の姿が見えた。山口の正面にはもう一人男がいて、山口と取っ組み合いをしている。脳裏に焼き付く黒い衣装。相手の男性は森田だった。

「衣笠さん、大丈夫ですか!」
「は、はい! 山口さん、相手の男。森田です!」

 伝えると、山口は相手の顔を睨みつけた。なんとか組み伏せようとしているようだったが、森田の抵抗が激しく。膠着状態が続いていた。

「森田さん? 森田さんですよね? 私、衣笠です。どうしてこんなことしているんですか。いったい何があったんですか⁉」
「衣……笠っ?」
「そうです。姉妹と遊んでくれていたでしょう? 私は妹の衣笠蓬です」
「蓬……ちゃん? うそだ、なんで今頃……」

 私の言葉に森田は戸惑いの声を上げていた。その一瞬の隙をついて山口が胸元を掴むと、森田を押し倒すように倒れこんだ。

「よし! 観念しろ、森田!」
「ぐっ……」

 覆いかぶさった山口をなんとか振りほどこうと森田は暴れていた。だが山口は微動だにせず、森田の腕だけが地面をかくようにばたついていた。彼の表情は刑事ドラマの犯人役そのもので、必死に暴れている森田を見て悲しい気持ちになった。

「森田さん、どうして……」

 漏れるように声に出すと、森田がこちらを見た。私の顔を見て目を見開いた彼は、隠すようにうつむいた。

「確かに蓬ちゃんだ。雰囲気が香にそっくりだ。なるほどな」
「香……ってお姉ちゃんのことですか? 森田さんはお姉ちゃんのことを知ってるんですか?」
「? 何いってるんだ、知ってて会いにいったんじゃないのか?」
「え……」

 森田と話していると、廊下の照明がちかちかと点滅したとおもいきや、一気に点灯を始めた。暗闇に目が慣れていた私は思わず目蓋を閉じた。ほどなくして忙しない足音が近づき、「何してるんですか」と女性の声が聞こえた。

「どけっ!」
「うおっ」

 目を開けたのは山口の驚いた声が聞こえてからだった。薄目で山口を確認すると、床に転がった山口が廊下を見つめていた。見つめている先を追いかけると、森田が逃げているのが見えた。走り去っていく森田はこちらに一瞥もくれずに、腕を振って看護師に威嚇した姿を最後に廊下を曲がって見えなくなった。入れ替わるように看護師たちがこちらにやってくる。
 状況を説明する山口を眺めながら、私は森田との会話を頭の中で反芻していた。
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