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「偶然って?」
「名前だよ、名前」
履歴書を手でたたきながら武藤が言った。『月下香』――武藤はその中でも名字ではなく名前に触れたのだと思う。無論、私も考えてはいた。
「姉と同じ名前ですよね。漢字まで一緒」
「あぁ、それに証明写真を見てお前も思ったんだろ、似すぎているって」
私は武藤に頷いて返した。この写真を見るまでは、江戸前に似ているといわれて信じられなかったが。江戸前の知っている月下香がこの姿ならば、納得がいくと思った。
細部まで見ると別人だと気づくのだが、纏っている雰囲気とでもいうのだろうか。ぱっと見た姿は自分からみても、鏡を見たようにそっくりだったのだ。同じ名前に自身と勘違いするほどの容姿。もしかしてという考えが頭によぎって、体が熱くなる。
「……でも、月下さんとお話したとき、あっちは私に気付いていませんでした。彼女だって、昔の自分にそっくりな人間が現れたら、もしかして妹なんじゃないかって思わないですか?」
姉からすれば、十五年も出会っていない妹が目の前にいるのなら確認するのが常ではないだろうか。だが、月下香の態度は平静そのものだった。思い返してみても、こちらに特別な関心があったようには思えない。
そもそも、十五年間行方がわからなかった人間が、こうして普通に暮らしていることも違和感がある。生活ができているのなら、叔父や私に連絡を取るものではないだろうか。それとも、連絡を取りたくなかったのだろうか。
その考えはどこか頭にあった。施設を抜け出した本当の理由は、私や叔父との生活が嫌で、誰か第三者の力を借りて姿を眩ませたのではないかという考えが。だが、それは考えないようにしていた。もし本当にそうだとしたら、姉を憂いて弱っていった叔父はなんだったというのだ。あまりに救われないではないか。
そんなことを考えるだけで、心が波打ち。怒りに似た葛藤が生まれた。
「ここで考えていても拉致があかない。とりあえず本人に確認してみよう」
「……そう、ですね」
武藤の言葉に私は頷く。そうだ。彼の言う通り、ここで考えていても仕方がないことだ。まずは月下本人に聞いてみればいいのだ。その結果、彼女が私の姉であるならば。なぜ連絡をしてくれなかったのか、疑問に思ったことを質問すればいいし、違うのなら邪な考えを止めることが出来る。
「結構近いな、ここから電車で二駅ってところか終電までまだ時間があるし、すぐに行くか」
「わかりました」
「おい、山口。行くぞ」
武藤が声を張って山口を呼んだ。すっかり山口の存在を忘れていた私は、そういえば彼もいたんだと思って振り返る。
「山口、何してんだ?」
店の前で看板を眺めていた山口は、武藤の疑問の声にも耳を貸さず、立ち尽くしていた。
「おい、聞いてんのか?」
武藤に肩を掴まれ、大きく揺さぶられると、「あ、武藤さん」と声を漏らす。
「山口さんどうしたんですか? もしかして体調が悪いとか?」
「あ……そうかも知れません」
「あ~? 珍しいこともあるもんだな。どうしたんだよ」
「なにか……胸が苦しいんです」
「は?」
「さっき店に入った時、お店に女の人がいたじゃないですか?」
「女……? あぁ、もしかしてキャストのことか?」
「黒髪の女の子、彼女を見た瞬間、息が苦しくなって、動悸が止まらないんです。もしかして、ウイルスでも移されちゃったんですかね……?」
必死の形相で伝える山口に、私と武藤は顔を見合わせた。
「何いってんだ、山口。大丈夫か?」
「全然大丈夫じゃないですよ、さっきから彼女のことばかり頭に浮かんで、捜査に集中できないんです」
「山口さん。捜査しているって感覚あったんですね」
「あ~……そんなに気になるなら仕事終わってから来たらいいじゃないか」
「え、いや来ませんよ。顔を合わせただけでこんな状態なんですよ。もう一度近くにいったら今度はどんな症状が出るのかわかりませんよ」
「症状ってなんだよ、手も出してないのに失礼な奴だなお前」
呆れたように武藤が言った。真面目な表情で答える山口に、私はもしかしてと思った。
「山口さん、女性とお付き合いした経験は?」
「え、ありませんよ。興味ありませんでしたから」
「じゃあ、好きになったりとかも――」
「ありません。恋愛とかなんか重たくて、無理です」
山口の言葉に、武藤は納得したように「あぁ」と、声を漏らした。
「思春期に恋愛しないとここまでこじらせるものなのか」
「みたいですね。私、少しだけ山口さんの事が可愛く見えてきました」
「何の話ですか?」
「何でもねぇよ。とりあえず落ち着いたらもう一度店に来ようぜ。俺もついていくから」
「え? いや、だから嫌ですって」
武藤がいいからいいから、と山口をなだめていると、山口は怪訝な表情を浮かべつつもようやく店を離れてくれた。
「名前だよ、名前」
履歴書を手でたたきながら武藤が言った。『月下香』――武藤はその中でも名字ではなく名前に触れたのだと思う。無論、私も考えてはいた。
「姉と同じ名前ですよね。漢字まで一緒」
「あぁ、それに証明写真を見てお前も思ったんだろ、似すぎているって」
私は武藤に頷いて返した。この写真を見るまでは、江戸前に似ているといわれて信じられなかったが。江戸前の知っている月下香がこの姿ならば、納得がいくと思った。
細部まで見ると別人だと気づくのだが、纏っている雰囲気とでもいうのだろうか。ぱっと見た姿は自分からみても、鏡を見たようにそっくりだったのだ。同じ名前に自身と勘違いするほどの容姿。もしかしてという考えが頭によぎって、体が熱くなる。
「……でも、月下さんとお話したとき、あっちは私に気付いていませんでした。彼女だって、昔の自分にそっくりな人間が現れたら、もしかして妹なんじゃないかって思わないですか?」
姉からすれば、十五年も出会っていない妹が目の前にいるのなら確認するのが常ではないだろうか。だが、月下香の態度は平静そのものだった。思い返してみても、こちらに特別な関心があったようには思えない。
そもそも、十五年間行方がわからなかった人間が、こうして普通に暮らしていることも違和感がある。生活ができているのなら、叔父や私に連絡を取るものではないだろうか。それとも、連絡を取りたくなかったのだろうか。
その考えはどこか頭にあった。施設を抜け出した本当の理由は、私や叔父との生活が嫌で、誰か第三者の力を借りて姿を眩ませたのではないかという考えが。だが、それは考えないようにしていた。もし本当にそうだとしたら、姉を憂いて弱っていった叔父はなんだったというのだ。あまりに救われないではないか。
そんなことを考えるだけで、心が波打ち。怒りに似た葛藤が生まれた。
「ここで考えていても拉致があかない。とりあえず本人に確認してみよう」
「……そう、ですね」
武藤の言葉に私は頷く。そうだ。彼の言う通り、ここで考えていても仕方がないことだ。まずは月下本人に聞いてみればいいのだ。その結果、彼女が私の姉であるならば。なぜ連絡をしてくれなかったのか、疑問に思ったことを質問すればいいし、違うのなら邪な考えを止めることが出来る。
「結構近いな、ここから電車で二駅ってところか終電までまだ時間があるし、すぐに行くか」
「わかりました」
「おい、山口。行くぞ」
武藤が声を張って山口を呼んだ。すっかり山口の存在を忘れていた私は、そういえば彼もいたんだと思って振り返る。
「山口、何してんだ?」
店の前で看板を眺めていた山口は、武藤の疑問の声にも耳を貸さず、立ち尽くしていた。
「おい、聞いてんのか?」
武藤に肩を掴まれ、大きく揺さぶられると、「あ、武藤さん」と声を漏らす。
「山口さんどうしたんですか? もしかして体調が悪いとか?」
「あ……そうかも知れません」
「あ~? 珍しいこともあるもんだな。どうしたんだよ」
「なにか……胸が苦しいんです」
「は?」
「さっき店に入った時、お店に女の人がいたじゃないですか?」
「女……? あぁ、もしかしてキャストのことか?」
「黒髪の女の子、彼女を見た瞬間、息が苦しくなって、動悸が止まらないんです。もしかして、ウイルスでも移されちゃったんですかね……?」
必死の形相で伝える山口に、私と武藤は顔を見合わせた。
「何いってんだ、山口。大丈夫か?」
「全然大丈夫じゃないですよ、さっきから彼女のことばかり頭に浮かんで、捜査に集中できないんです」
「山口さん。捜査しているって感覚あったんですね」
「あ~……そんなに気になるなら仕事終わってから来たらいいじゃないか」
「え、いや来ませんよ。顔を合わせただけでこんな状態なんですよ。もう一度近くにいったら今度はどんな症状が出るのかわかりませんよ」
「症状ってなんだよ、手も出してないのに失礼な奴だなお前」
呆れたように武藤が言った。真面目な表情で答える山口に、私はもしかしてと思った。
「山口さん、女性とお付き合いした経験は?」
「え、ありませんよ。興味ありませんでしたから」
「じゃあ、好きになったりとかも――」
「ありません。恋愛とかなんか重たくて、無理です」
山口の言葉に、武藤は納得したように「あぁ」と、声を漏らした。
「思春期に恋愛しないとここまでこじらせるものなのか」
「みたいですね。私、少しだけ山口さんの事が可愛く見えてきました」
「何の話ですか?」
「何でもねぇよ。とりあえず落ち着いたらもう一度店に来ようぜ。俺もついていくから」
「え? いや、だから嫌ですって」
武藤がいいからいいから、と山口をなだめていると、山口は怪訝な表情を浮かべつつもようやく店を離れてくれた。
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