花の蜜は何より甘く

FEEL

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 森田は店主と話しをした後、席に座ると、店主が飲み物が入ったグラスを差し出した。それから五分くらいの会話が続き、森田が動いた。店主と会話をしながら見ていた、奥の扉に向かって移動したのだ。すかさず店主は森田を制止するが、取っ組み合いになった森田が刃物を取り出し、店主の腹部に突き刺す。
 そこからは一方的だった。店主は逃げることなく必死に抵抗するが、そんなことなどお構いなしに森田は何度も店主を刺した。そして、店主が床に崩れ落ちて動かなくなった後、森田は奥の部屋に姿を消した。そこまで見てから武藤は映像を止める。

「あとはずっと同じ映像だ。現場を確認しにいったが、奥の部屋は倉庫になっていた。商品が並んだ棚の奥には搬入用の出入り口があって、鍵が開いていたから、恐らく森田と女性はそこから外に出たんだろうな」
「……お店の人はどうなったんですか」
「卸業者が商品を納入しにきて倒れてる店主を見つけたんだが、そのころには息を引き取っていた」

 私は「そうですか」と呟いてから目を閉じて冥福を祈った。映像を見るに、改めて聞く必要もない。誰がどう見ても長くは持たない状態だったのだから。それでも、サスペンスドラマのような現実離れした光景に、聞かずにはいれなかった。

「どうだった?」
「森田さんだと思います。信じられなかった、いや、今もこんなことする人だと信じられないんですけど。見た目は間違いなく森田さんでした」
「そうか。一応鑑識の方でもDNA鑑定をしてもらってる、結果はまだかかるが、森田本人と断定して捜査しても問題なさそうだな」
「DNA鑑定ですか?」
「あぁ、さっき店の主人と暴れていた時。よく見ると店主に掴まれて腕に怪我をしているんだ。店主の爪にも血液が付着していたし、森田の血液と見て間違いないだろう」

 説明しながらノートパソコンの電源を切った武藤は立ち上がった。つられて私も椅子から立った。

「ありがとう、助かった。これで施設の事件も進展があるかもしれない」
「あの、私はどうすればいいんですか?」

 森田が見つかったのは僥倖だが、この件は私との関連性がない。であるならば、一般人である私が深入りできるものではないと思った。だが、武藤がこちらの事件を捜査するというのなら、その間、姉探しに武藤は関われないということだ。同時に、武藤についている私も身動きが取れないということになってしまう。

「あぁ、そうだった。少し待ってろ」

 そう言って武藤は部屋を出て行った。椅子に腰かけて言われた通りにまっていると、それほど時間を置かずに武藤が戻って来た。武藤の横には短髪を綺麗にセットした、若い男性が立っていた。

「紹介する。俺の部下で山口だ」
「初めまして、衣笠さん。お話はかねがね」

 山口はロボットみたいにお辞儀をすると、これまたロボットのように元の姿勢に戻った。いかにもマニュアル的な対応に、私は「どうも」とだけ言ってから会釈をした。

「暫く俺は森田の件で動けん。だから代わりに山口をつけておく。何かあったら山口を通して連絡してくれ」
「よろしくお願いします。衣笠さん」
「はい……よろしくお願いします」

 山口はハキハキと挨拶をした。そこまで確認した森田は「後は頼んだ」と山口の肩を叩き、部屋を出て行った。そのまま数十秒――数分。山口に動きはない。電池切れかな?

「あの、それで今日はどういう予定なんですか?」
「予定はないですね。何も聞かされていません」
「はぁ……」

 何か指示がないと動けないのだろうか。ロボットのようだと心の中で揶揄した山口だったが、本当にロボットなんじゃないかと疑ってしまう。もしかしたら目の前にいるのは日本警察が密かに開発を進めた。死をも厭わず事件を解決するためのサイボーグ刑事なのかも知れない。(命令がない場合は待機して省電力モードになる)そうか、それならばこの不動の姿勢にも納得がいく。まさか刑事にまでなる人間が指示待ち人間なんてことはないはずだもの。ないよね? 大丈夫だよね?
 心の中で問いかけるが、サイボーグ山口はシャットダウンされたように不動の姿勢だった。

「――とりあえず。外に出ませんか?」

 私が提案すると、「わかりました」と踵を返した山口は部屋から出た。順当にロボット説が濃厚になってきた山口の後を追って、私も部屋を出る。
 警察署から外に出ると、山口は動きを止めてこちらの様子を伺っていた。負けじと顔を見合わせてから、どちらが先に顔を逸らすか勝負しようと思ったが、絶対勝てないと思ってすぐに諦めた。

「山口さん。私は姉さん、衣笠香の行方を捜しにやってきたんです。ですので何か心当たりとかがあればそれを当たりたいんですけど……」
「心当たりはありませんね。僕はもっぱら調書しかとっていなかったので」

 現場仕事ではなく、書類整理だけしてましたと恥ずかしげもなく話す山口に若干の殺意が湧きつつも、大体予想通りの回答にため息を吐いた。なんにしても、ここで立ち尽くしていてもしょうがない。

「森田さんが見つかった場所に行きたいんですけど、大丈夫ですか?」
「見つかった場所って、飲み屋ですか?」
「そうです。手がかりがない以上、私たちもその辺りから始めたほうがいいと思うんです」
「そうですねぇ……まぁ、現場に入らなければ問題ないと思いますよ。多分」

 ロボットらしからぬいい加減な対応で山口は話す。「わかりました」とだけ伝えた私は駅へと向かった。
 警察署がある場所から二駅過ぎると梅田駅に到着した。再び迷いそうになりながらも、なんとか地上に出た私は(山口は黙って後ろをついてきていた)山口から詳細な場所を確認しつつ、森田が見つかった店の近くにやって来た。事件現場である店では昨日の今日ということもあり、まだ数名の警察官が待機していたが周辺は問題なく移動できるようだった。店の裏に回ってみると、表と同じように警察官が二名待機していて、こちらを訝しい表情で睨みつけてくる。近寄るな、ということだろう。
 仕方がないので店から離れ、周辺を散策してみたが別段変わったことはなかった。仮に何かあったとしても、警察が既に回収しているだろう。もの凄い徒労感を覚えながら、それでも私は何か異変はないかと辺りを散策していた。

「はぁー。駄目だ、何もみつからない」

 音を上げて座り込んだのは散策してから一時間経ってからだ。自販機の横で座り込んだ私は黙々と周辺を探っている山口を眺めていた。
 やはり、一般の人間に捜査の真似事などは到底無理だ。結局のところ、武藤が森田の居場所を掴んで連絡してくるのを待つしかない。武藤自身もそう思っているからこそ、山口に何も指示を出していないのだろう。いわば山口は私の面倒を見るお守り役なのだ。
 すっかり疲れ果ててしまった私は自販機で飲み物を買って、プルタブを開けると、それと同時に肩をポンと叩かれた。

「香ちゃん。今日は随分ラフな格好じゃない」
「えっ」

 男の声で姉の名前が呼ばれた。驚いた私はすぐさま後ろを振り返った。目に入ったのは中肉中背の中老の男性。オールバックにまとめた髪には結構な数の白髪が混じっていた。

「あ、あれ? ごめんね、人違いだったみたいだ」

 私の顔を見た狐に化かされたような表情を作ってから、そう言って立ち去ろうとした。「待ってください」私は急いで男を捕まえる。

「いてて、何々? 謝ったじゃないの」
「今、香って言いましたよね? それって、衣笠香のことですか?」
「きぬがさぁ~? それ誰? 僕が言ったのは違う香ちゃんだよ」
「あ……そうですか。すいません」
「月下香っていう人だよ。これがまたすんごく可愛いんだな」
「月下⁉」
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