花の蜜は何より甘く

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 どうやら月下は私の言葉を信じたようで、「見つかるといいわね」と言っていた。私は頷いてから「それじゃあそろそろ」とその場を後にした。少し離れてから月下の方へ振り返ると、彼女はまだこちらを見ていて、目が合うと小さく手を振っていた。



 夜七時。梅田まで戻って来た私は適当に見つけたビジネスホテルに入って宿を取った。ベッドと机にテレビが設置された場所に歩くスペースだけ空いている小さな部屋だった。備え付けのユニットバスで汗を流してから部屋に戻るってスマホを確認すると、見慣れない番号から着信が来ていた。
 早速月下から連絡がきたのかと身構えたが。見覚えのある番号に、多分武藤からの連絡だろうと思った。体を拭いてから普段着に着替えると、履歴があった番号に折り返す。しかし、コール音は鳴っているが相手は中々出ない。仕様がないので一度電話を切ってから暫くすると、スマホが鳴った。

「武藤だ。すまんな、手が離せなかった」
「いえ、何か用事ですか?」
「あぁ、森田が見つかった」
「えぇっ⁉」

 予想していなかった言葉に思わず声を荒げた。

「森田って、森田伸一ですよね?」
「あぁ。といっても、まだ確定したわけじゃないがな。だが間違いないだろう」
「どこにいたんですか?」
「俺たちのすぐ近くだ。梅田にある小さな飲み屋で傷害事件を起こしたようでな、店につけられた監視カメラに姿が映っていたんだ」

 内容を聞いて更に驚いた。森田が傷害事件を起こしたって?
 記憶の中にいる森田伸一は温和な青年だった。15年という時を経ても、暴力を振るうような人間になっているとは想像もしなかったのだ。
 聞いている話と記憶の乖離についていけず、どうにも信用することが出来ない。

「本当に間違いないんですか? 実は別人とか……」
「映像を確認したんだ。多少老けてはいたが、森田の家でみた写真と同じ顔だった。でだ、お前にも面通ししてもらいたいから明日署まできてくれないか?」
「え、私がですか?」
「あぁ、頼んだぞ。それじゃ」

 武藤は自分の要件だけを伝えるとあっちの方から電話を切った。何がなんだかわからない私は困惑したままスマホを机に置いた。今まで姿を眩ませていた森田が傷害事件。いったいどういうことだろうか。
 そんな大ごとを起こせば当然こうやって警察が動き出す訳であり、そうなればすぐさま身元が明らかになってしまう。しかし森田は15年間行方を眩ませたままだった。となれば、慢性的に事件を起こす人間性ではないと思う。
 じゃあ私怨か? それとも何か理由があった? 理由があったとして傷害事件を起こすほどの理由とはなんだ? ベッドに座り込んで頭を働かせる。しかし、あまりに情報が足りない。更に言えば写真で見た森田の人柄が考えの足を引っ張った。

「う~~気になる~~」

 森田の動機が理解できずに頭を掻いた。しかし、考えてもわからないものはわからない。明日になれば、もう少し詳しい事情がわかるだろうと一度考えるのを止めた。
 それよりも、森田の居場所がわかったことの方が大事だ。手がかりもなく、どうすればいいかわからなかった状態だったのに急に現れるなんて、奇跡としかいいようがない。彼に出会って話をきければ、姉の捜索も進むかも知れない。半ば諦めていた姉の存在が、ふっと近づいた気がした。
 そうとなれば、明日に備えてしっかり休まなければ。ベッドから立ち上がってすっかり冷たくなってしまった髪の毛をドライヤーで乾かしてから、大分早い時間だったが布団に潜り込んだ。目を閉じた暗闇の中。姉の存在が凄く身近に思えて中々寝付けない。眠りに入ったのは布団に潜り込んでから三時間が経過した頃だった。



 目が覚めてスマホを見ると、七時直前だった。液晶画面を眺めていると、デジタル時計には七時を表示した瞬間、アラームが大音量で鳴った。すぐさまアラームを止めた私は体を起こして、大きな伸びをする。今日は武藤の頼みで警察署に向かわないといけない。
 ベッドから立ち上がると、身だしなみを整えて鞄から取り出した服に着替えた。来ていた服は畳んで鞄に戻す。何日大阪にいるかと思っていたが、森田が見つかったのなら早くに済みそうだ。そう思った私はいつでも部屋を引き払えるようにしてから、朝ごはんを食べに向かった。

 準備を整えて警察署までやって来たころには十時になっていた。受付で武藤の名前を出すと、どこかに電話をしてから、「では、こちらにどうぞ」と案内してもらった。少し狭い廊下を歩いていくと、武藤の姿があった。

「おはよう。来てもらってすまないな」
「いえ、大丈夫です」

 冷静に社交辞令を交わす。昨日の電話では混乱していたが、一日休んだら頭も大分すっきりしていた。

「じゃあ、早速頼む」

 それだけ言うと武藤は目の前にある部屋の扉を開けた。部屋の中は想像よりも大分狭く、折り畳みテーブルの上にノートパソコンが乗ってるだけのシンプルな部屋だった。制服を着た警察官がパイプ椅子を二つ持ってくると、武藤が受け取って机の前に椅子を広げた。

「さて」と、つぶやいた武藤はノートパソコンを操作して動画を表示させる。

「これだ」

 画面に映ったのはお世辞にも広いとは言えない店内の様子だった。入口から店内に伸びたカウンターに気のきいた椅子が五つ並び、向かいには店主が立っている。店主の後ろにはお酒の瓶が綺麗に並べられていて、オレンジの間接照明でライトアップされていた。
 代り映えのしない光景が数分続いた後、入口の方からつばの広い帽子を被った人物が現れて、私は「あっ」と声を上げた。見覚えのある帽子だった。武藤は慌てて映像を止めて、「どうした?」と聞いた。

「この人は?」
「あぁ、森田がやってくる直前、店にきた女だ。この後店主と少し話してから奥の部屋に移動する。森田も奥の部屋に行こうとしていたから、恐らくこの人物を追ってきたんだろうな」
「そうなんですか」

 武藤の言葉に相槌を打ったが、私の意識は別のところにあった。確か昨日、月下は怖い目にあったと言っていた。映像の下部を見ると日付が表示されている。確か今日起きたときに見たスマホの日付は六月二十五日。映像に表示されている日付は六月の二十三日だった。月下が言っていた日付と合致する。

「私、この女性知ってます」
「なんだと」

 武藤が怪訝な表情でこちらを見た。

「誰だ? お前の友達とかか?」
「いえ、そういう深い仲ではなくて。駅で迷った時に助けてくれたんです」
「迷ったって、昨日の話か?」

 私は頷いて返事をした。

「てことは、こいつはここでひと悶着あったのに、数時間後の次の日には最寄駅にいたってことか。それだけ時間があればもっと遠くまで移動できただろうに、何考えてるんだ?」
「さぁ、そこまでは……映像だとこの人はどうなるんですか?」
「奥に移動した後、森田が騒動を起こして――見た方が早いな。再生するぞ」

 武藤は言いながら、止めていた映像を再開させた。
 月下が店主と話してから店の奥へと移動した。そこからは武藤から聞いた通りの内容だった。ほどなくして男が店にやってくる。男の風貌は武藤が間違いないといっているのが確信できるほど、森田に似てる人物であり、疑っていた私も映像に映っている姿を見たら、森田本人だと納得した。
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