花の蜜は何より甘く

FEEL

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「すいません。この本は?」
「あぁ、それはアルバムです。懐かしいわね」
「へぇ。中を覗いてもいいですか?」

 どうぞ、と女性が言ってから私はアルバムを手に取った。
 中には何枚の写真が飾られていて、小さな男の子がカメラ目線で映っている。恐らくこの子が森田なのだろう。学校の行事で撮られたものや遠足で撮られたと思われる写真といっしょに、見覚えのある景色で撮られた写真がいくつかある。この近辺で撮影したものだと思った。

「あ……」

 ページをめくった私は思わず声を漏らした。

「どうした?」
「これ……私だ」

 開いたページには記憶に残る森田がいた。そしていっしょに私が映っている。ほかの写真にも同じように森田の姿と私や姉の姿があった。どの写真を見てもみんな笑っていて、とても幸せそうに見えた。

「森田と写真を撮っていたのか」
「そうみたいですね、そういえばそういう事もあった気がします」

 私たちが映っている写真は何枚も飾られていた。知らない人が見たらちょっとした家族写真のようだった。もちろん私たちだけではなくて友達と思われる存在と森田が映っている写真もちらほら存在していたが、ページが進むごとに私たち姉妹との写真が増えていった。

「凄い量だな」

 アルバムを覗き込む森田が呟く。
 写真は無駄なく飾られていたが、最後のページだけ、一枚分スペースが開いていた。

「どうしてここだけ空いてるんだろう」

 どうしても違和感を覚えて、思ったことを口に出してしまった。これだけ写真を撮っているのなら、一枚分だけ写真が足りなかったということは少し考えにくい。

「そりゃ、持ち出したんじゃないか? 写真を定期入れなり財布なりに入れてる奴もいるだろう。森田もそういう事をしてたんじゃないか」
「この中で一枚だけですか? だとしたら余程大事な写真だったって事ですよね。何か手がかりになりませんか?」
「ならんな。仮に何か大事なものが映っていたとしても、肝心の内容がわからないなら探すとっかかりがないからな。――奥さんはここにどんな写真があったのかご存じですか?」

 いえ、と女性はかぶりを振った。

「基本的に伸一の部屋には入らないことにしていたんです。たまに掃除で入ることもありましたが、知らない間に部屋に入られて、荷物を暴かれるなんて気持ちのいいものではないでしょう?」
「まぁ、そうですな」

 アルバムから目を離した森田は部屋の捜索を再開する。これ以上得られるものもなさそうだったので私もアルバムを元の場所に戻した。
 結局、森田失踪に関係のありそうなものは見つかることはなかった。なんとか進捗になったのは、必要最低限の荷物だけで過ごしていたことと、通帳や印鑑が見当たらなかったことだ。女性に「ありがとうございました」と一声かけて、森田は家をでた。
 玄関から外にでる直前、私は女性に向き直る。

「あの……私、衣笠といいます。衣笠蓬です。覚えておいででしょうか」
「衣笠って……」

 少し悩んだ女性は、閃いたように声を漏らした。

「強盗事件の時、伸一さんに助けてもらった姉妹の一人です。あの時、あなたの息子さんが来てくれなかったら私はどうなっていのか想像もつきません……ろくに連絡もせず、15年も経ってから言うのは失礼かもしれませんが、あの時は本当にありがとうございました」

 私は深く頭を下げた。女性の返事はなかった。
 アルバムの件でもしかしたら予想はついていたかも知れないが、唐突に声をかけられるとは思ってなかったのだろう。だが、こういう機会でもないと、一生感謝を述べる機会はないと思った。

「それじゃあ、失礼します」

 返事を待つのも悪いと思い、頭を上げて外に出た。外に出ると武藤がこちらを向いて待っていてくれた。私の姿を確認すると、武藤が歩き始めたので付いていく。

「次はどうしますか」
「そうだな。とりあえずわかったのは武藤は攫われたんじゃなく、自分から消えたってことだな」
「自分から?」
「部屋には貴重品がなかっただろう。それに家具も必要最低限。趣味趣向を感じるものは何もなかった。つまり、当座の資金や必要なものを持って自分から家を出た可能性が高いってことだ」
「なるほど、でもどうしてそんなことを?」
「そりゃ、そうしなければいけない理由があったってことだろ。宛先を告げずに逃げなければいけない理由。例えば――殺人とか」

 森田の発言に私は黙り込んだまま彼を見ていた。親から見てもよく出来た息子で、私たちに笑顔を振りまいていた彼が殺人だって? 殺伐とした言葉にピンと来なくて、私は何も言えずにいた。

「本当にそんな重い話なんですか? 勉強が嫌で逃げ出したとかも考えられるんじゃ……」
「その程度の理由で15年間も足跡そくせきを残さないなんてことないだろう。大体は数年隠居して、自分の生活を見つけてから親元に帰ったりするもんだ。でも帰る理由がないなら別だ。帰りたくても帰れない。誰にもばれないように隠れ続けなければならん」

 話しながら、森田は煙草を取り出し口に咥えた。火をつけると紫ががった煙が空を揺蕩う。

「それに、辻褄が合いすぎるんだ。森田は児童施設に顔を出したことがある。当然、当時働いていた被害者職員と顔をも合わせた事があるだろう。そして、職員は殺されて接点のあった衣笠香と森田伸一は姿を消した。これで関連性がないと言うのが無理な話だ」

 そう、無理な話しなのだ。それは私も理解している。だが、殺人なんて言葉とは無縁の生活だったせいか。武藤と違ってどこか空想上の出来事に感じてしまっていた。姉も森田もただ今の環境が嫌なだけで、どこか知らないところで普通に生活しているのではと、そう信じる方がしっくり来るのだ。

「それで。次に何をするかだが、暫くは連絡待ちだ」
「連絡? 誰からです?」
「俺の部下。ちょっと調べ物を頼んでいてな、そろそろ連絡が返ってくるころだと思う」

 時計を見つめた武藤は携帯を取り出した。

「着信はなしか。少し時間を潰す。どっかで飯でも食うぞ」
「わかりました」

 私は気持ちよく頷いた。今日は色々あって、もうお腹がぺこぺこ。空腹で倒れこみそうだった。

「何か食いたいもんでもあるか?」
「あ、私たこ焼き食べたいです。たこ焼き」
「……は? 飯を食うんだぞ。もうちょっと腹に溜まるものを考えろよ」
「でも、折角大阪に来たんだし。お腹いっぱいになるまでたこ焼き食べたらいいんじゃないですか?」
「そんなに食ったら腹の中でタコが出来上がるわ、とりあえずファミレスでも行くか」
「えー……あ、じゃあお好み焼きとかどうですか?」
「粉モンの親善大使かお前は。ファミレスにもお好み焼きぐらいあるだろ、多分」
「やだ! あったとしてもいやだ! せっかく大阪にきたんだからお好み焼きとたこ焼き食べたいです!」
「はぁ、わかったよ……」

 武藤に連れられて近くにあったお好み焼きを提供しているお店に入った。なんとそこではたこ焼きまで提供されていたので、お好み焼きとたこ焼きを二人前ずつ注文した。両方ともマヨネーズがこれでもかというくらいに乗っていて、とても甘くて美味しい。まだまだ食べれそうだ。
 私がガッついている姿を見て武藤は唖然としていた。

「よく入るな……」
「まだ、いけますよ、武藤さん、いらないなら、食べていいですか」
「飲み込んでから喋れ。別にいいぞ」
「ありがとう、ございます」

 お好み焼きを頬張りながら、私は幸せを噛みしめていた。
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