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「つまり、姉は殺人事件に関与しているということですか?」
「そこまでは言ってませんが、何かしら接点がある可能性はあります」
花の香りが充満した店内で、私は刑事に詰め寄った。
私の心境からすれば当然のことだった。姉の行方がわからなくなって15年。私たち家族ですら香の名前を出さなくなって久しいというのに、第三者の口から出てきたかと思えば事件の容疑者扱いだなんて、理不尽が過ぎる。
武藤という物調面を崩さない刑事に向かって、私はわだかまりを含んだ息を吐きだした。
「刑事さんから姉の名前が出てきて、てっきり行方がわかったのかと思って内心喜んだんですよ。それがまさかこんなことを聞かれるなんて思ってもみませんでしたよ」
「はぁ、心中お察しします」
「いいですよ、そういうの。別になにも考えていないでしょう」
「わかりますか」
わからないわけがない。この男、さっきから全く表情を変えることなく会話を続けているのだ。まるで人形、いやロボットと会話しているように手応えを感じなかった。
「刑事としては、当時捜索を任されたにも関わらず、全く成果を上げることが出来なかった衣笠さんに申し訳ないと思っているんです。だから非礼をないように振舞おうと思って気を付けています。が、実際のところ私はその件に無関係なのでどうにも身が入らないんですわ」
悪びれる様子もなしに武藤は淡々とそう言った。
本当に悪意なしで言葉を選んでいるのなら、この男はどこか頭のねじが外れている。そう思えるくらいに私の琴線触れて触れて、触れまくっていた。
「それはご親切に、お気遣い痛み入ります!」
武藤の対応に私は苛立ちを隠すことなく語気を強めた。それでも彼の仏頂面は変わる気配がない。きっとこういう人間の相手は手慣れているのだろう。なら余計に気を遣う必要などない。私はヒートアップしていく感情を止めることなく言葉を続けた。
「大体、姉のことを聞きたいと言っていましたが、寧ろ私のほうが聞きたいくらいなんですよ。姉は十五年間ずっと消息がわからないままで、目撃情報は勿論、生きているのか、死んでいるのかもわからない状態なんですよ。それをズケズケとやってきて――お姉さんのことを聞きたいんです。って、聞きたいのはこっちですよ!」
「はぁ、申し訳ない」
「申し訳ないなんて思ってないでしょう、あなた!」
「はぁ、申し訳ない」
「同じ言葉を使わないでください!」
「はぁ、すいません」
武藤の態度を見て私は一度会話を止めて、思い切り息を吸った後に大きく吐き出した。
これ以上会話を続けていると、私が目の前にいる刑事を殺害した実行犯になってしまいそうだった。私の質問に対して取りつくシマもない武藤に、私は観念して肩を落とした。
「……もうおわかりだとは思いますけど。姉とは連絡はおろか、15年間音信不通です。聞きたいことといっても何も、子供の時ぐらいしか話せることがないですよ」
「それでも構いません。こちらとしては少しでも香さんの人となりを想像できる情報が欲しいので」
「具体的には何を?」
「本当に何でもいいんです。お姉さんの性格。好きなもの。あなたから見た人柄でも」
「そうですねぇ……」
私は腰に手を当てて天井を仰ぎ見た。
私から見た姉。衣笠香はまさに理想的な人物だった。
綺麗に伸びた艶のある黒髪。庇護欲をくすぐる愛嬌のある態度。活発でなんにでも興味を持ったかと思えば、一度の失敗で泣き出す心の脆さ。悪く言えば面倒臭いともいえるが、姉から感じる雰囲気が、にじみ出る魅力が、そういうもの悪癖すら愛しいものだと思わせた。
人柄のいい父親。愛嬌のある母親。二人のいいところを全部ひっくるめて纏めたのが姉の存在だった。かくいう私も、そんな姉を愛しいと思い、同時に憧れる存在として懐いていた。
「――妹の私がいうのもなんですが、とても可愛らしい人でしたよ。子供ながらに魅力的で、近隣の住人にとてもよく好かれていました」
「そうなんですか。家族との関係はどうでした」
「とても良好でしたよ。少なくとも私の知ってる範囲では両親と喧嘩しているところなんて見た事ありませんもの」
武藤は「なるほど」と呟き、手帳に何かを書き込んでいた。ペンが止まるのを待っていると、武藤は書き物を続けたまま口を開く。
「近隣住人との関係は良好、とのことですが。それはどういったものですか」
「え……? どういう意味ですか」
「例えば――友愛としての親しみなのか……それ以上、恋慕の情なのか」
「恋……っ、私が話しているのは子供の時の話ですよ。当時の姉は九歳くらいで、ご近所さんにそんな目で見られてるわけないじゃないですか」
武藤の言葉に吹き出しそうになった私はそう言った。唐突の発言に半分冗談なのかとも思ったが、武藤の変わらぬ物調面がそうでないのだと思わせた。店内の空気が少し重くなっていくのを感じた。
「女児に係る殺害事件っていうのは思いのほか多くてね。その殆どがわいせつ目的の犯行だ。あんたは冗談と思ったんだろうが、冗談と思わない感覚の奴らが実際いるんだよ」
「つまり、姉はそういう人に目をつけられて巻き込まれたと?」
「さぁな。そこまでは考える必要はない。俺が言いたいのは人を殺そうと考える人間は常識では当てはまらないってことだ。ともすれば、そこから着想を得れば何かヒントが見つかるかも知れん」
「考える必要はないって……」
武藤の言葉にひっかかり、私は思わず声に出した。
この男、姉の動向には心底興味がないのだ。あるのは自分が抱えている事件解決の糸口だけ。姉の事が知りたいのはたまたま事件の捜査範囲に姉が入り込んだから、それだけなのだと思った。
一度落ち着いてきた感情にまた燃料を注ぎ込まれた気分だった。永い時間を経て、間接的にでも姉を探す人間が尋ねてきたのだ。私は心のどこかで間接的に姉も心配してもらえるのだと思っていた。だが、理想と現実の落差にやりようのない怒りが込み上げてきていた。だが武藤は、そんなことはお構いなしに質問を続けた。
「その近隣住民の中に特別仲のいい人間はいなかったか? 近所のおばさんでもおじさんでも、それこそ同じような子供でもなんでもいいんだ」
「……そういわれても」
「頼むよ、思い出してみてくれ。俺の考えでは衣笠香に近しい人間がいるはずなんだ」
少し感情的になった武藤が私に詰め寄って来た。
「そう言われても……姉本人ならともかく姉の交友関係とかになると流石に曖昧ですよ。かなり昔のことですし、それにそこまで仲のいい人なら、記憶に強く残ってるはずですけど」
私はそこまで言って、唸りながら頭を捻った。しかし相変わらず、武藤の期待しているような人物は出てこない。
武藤も私を見てこれ以上の情報は引き出せないと思ったのか、姿勢を正して手帳に視線を落とした。
「そういえば、あんたが姉と最後に会ったのは、事件の当日になるのか」
「え、えぇ。そうですね」
「調書によれば、近隣の住人が助けに入って難を逃れたそうだな。父親が殺傷された絶望的状況からの生還とは、まさに九死に一生だな」
「まぁ、そうですね」
武藤の言葉に反射的に相槌を打った。
姉のことを根掘り葉掘り聞いてきたと思えば思い出したくもない事件当日のことを被害者に話すなんて、よく今まで刑事をやってこれたなと心配になってきた。
しかし、ここまでの会話でこの男は話を返さないと先に進まないとわかっていたので、私は渋々会話を続けることにした。
「助けてもらったといっても、私はその時の記憶がないんですけどね」
「そうなのか?」
「そこまでは言ってませんが、何かしら接点がある可能性はあります」
花の香りが充満した店内で、私は刑事に詰め寄った。
私の心境からすれば当然のことだった。姉の行方がわからなくなって15年。私たち家族ですら香の名前を出さなくなって久しいというのに、第三者の口から出てきたかと思えば事件の容疑者扱いだなんて、理不尽が過ぎる。
武藤という物調面を崩さない刑事に向かって、私はわだかまりを含んだ息を吐きだした。
「刑事さんから姉の名前が出てきて、てっきり行方がわかったのかと思って内心喜んだんですよ。それがまさかこんなことを聞かれるなんて思ってもみませんでしたよ」
「はぁ、心中お察しします」
「いいですよ、そういうの。別になにも考えていないでしょう」
「わかりますか」
わからないわけがない。この男、さっきから全く表情を変えることなく会話を続けているのだ。まるで人形、いやロボットと会話しているように手応えを感じなかった。
「刑事としては、当時捜索を任されたにも関わらず、全く成果を上げることが出来なかった衣笠さんに申し訳ないと思っているんです。だから非礼をないように振舞おうと思って気を付けています。が、実際のところ私はその件に無関係なのでどうにも身が入らないんですわ」
悪びれる様子もなしに武藤は淡々とそう言った。
本当に悪意なしで言葉を選んでいるのなら、この男はどこか頭のねじが外れている。そう思えるくらいに私の琴線触れて触れて、触れまくっていた。
「それはご親切に、お気遣い痛み入ります!」
武藤の対応に私は苛立ちを隠すことなく語気を強めた。それでも彼の仏頂面は変わる気配がない。きっとこういう人間の相手は手慣れているのだろう。なら余計に気を遣う必要などない。私はヒートアップしていく感情を止めることなく言葉を続けた。
「大体、姉のことを聞きたいと言っていましたが、寧ろ私のほうが聞きたいくらいなんですよ。姉は十五年間ずっと消息がわからないままで、目撃情報は勿論、生きているのか、死んでいるのかもわからない状態なんですよ。それをズケズケとやってきて――お姉さんのことを聞きたいんです。って、聞きたいのはこっちですよ!」
「はぁ、申し訳ない」
「申し訳ないなんて思ってないでしょう、あなた!」
「はぁ、申し訳ない」
「同じ言葉を使わないでください!」
「はぁ、すいません」
武藤の態度を見て私は一度会話を止めて、思い切り息を吸った後に大きく吐き出した。
これ以上会話を続けていると、私が目の前にいる刑事を殺害した実行犯になってしまいそうだった。私の質問に対して取りつくシマもない武藤に、私は観念して肩を落とした。
「……もうおわかりだとは思いますけど。姉とは連絡はおろか、15年間音信不通です。聞きたいことといっても何も、子供の時ぐらいしか話せることがないですよ」
「それでも構いません。こちらとしては少しでも香さんの人となりを想像できる情報が欲しいので」
「具体的には何を?」
「本当に何でもいいんです。お姉さんの性格。好きなもの。あなたから見た人柄でも」
「そうですねぇ……」
私は腰に手を当てて天井を仰ぎ見た。
私から見た姉。衣笠香はまさに理想的な人物だった。
綺麗に伸びた艶のある黒髪。庇護欲をくすぐる愛嬌のある態度。活発でなんにでも興味を持ったかと思えば、一度の失敗で泣き出す心の脆さ。悪く言えば面倒臭いともいえるが、姉から感じる雰囲気が、にじみ出る魅力が、そういうもの悪癖すら愛しいものだと思わせた。
人柄のいい父親。愛嬌のある母親。二人のいいところを全部ひっくるめて纏めたのが姉の存在だった。かくいう私も、そんな姉を愛しいと思い、同時に憧れる存在として懐いていた。
「――妹の私がいうのもなんですが、とても可愛らしい人でしたよ。子供ながらに魅力的で、近隣の住人にとてもよく好かれていました」
「そうなんですか。家族との関係はどうでした」
「とても良好でしたよ。少なくとも私の知ってる範囲では両親と喧嘩しているところなんて見た事ありませんもの」
武藤は「なるほど」と呟き、手帳に何かを書き込んでいた。ペンが止まるのを待っていると、武藤は書き物を続けたまま口を開く。
「近隣住人との関係は良好、とのことですが。それはどういったものですか」
「え……? どういう意味ですか」
「例えば――友愛としての親しみなのか……それ以上、恋慕の情なのか」
「恋……っ、私が話しているのは子供の時の話ですよ。当時の姉は九歳くらいで、ご近所さんにそんな目で見られてるわけないじゃないですか」
武藤の言葉に吹き出しそうになった私はそう言った。唐突の発言に半分冗談なのかとも思ったが、武藤の変わらぬ物調面がそうでないのだと思わせた。店内の空気が少し重くなっていくのを感じた。
「女児に係る殺害事件っていうのは思いのほか多くてね。その殆どがわいせつ目的の犯行だ。あんたは冗談と思ったんだろうが、冗談と思わない感覚の奴らが実際いるんだよ」
「つまり、姉はそういう人に目をつけられて巻き込まれたと?」
「さぁな。そこまでは考える必要はない。俺が言いたいのは人を殺そうと考える人間は常識では当てはまらないってことだ。ともすれば、そこから着想を得れば何かヒントが見つかるかも知れん」
「考える必要はないって……」
武藤の言葉にひっかかり、私は思わず声に出した。
この男、姉の動向には心底興味がないのだ。あるのは自分が抱えている事件解決の糸口だけ。姉の事が知りたいのはたまたま事件の捜査範囲に姉が入り込んだから、それだけなのだと思った。
一度落ち着いてきた感情にまた燃料を注ぎ込まれた気分だった。永い時間を経て、間接的にでも姉を探す人間が尋ねてきたのだ。私は心のどこかで間接的に姉も心配してもらえるのだと思っていた。だが、理想と現実の落差にやりようのない怒りが込み上げてきていた。だが武藤は、そんなことはお構いなしに質問を続けた。
「その近隣住民の中に特別仲のいい人間はいなかったか? 近所のおばさんでもおじさんでも、それこそ同じような子供でもなんでもいいんだ」
「……そういわれても」
「頼むよ、思い出してみてくれ。俺の考えでは衣笠香に近しい人間がいるはずなんだ」
少し感情的になった武藤が私に詰め寄って来た。
「そう言われても……姉本人ならともかく姉の交友関係とかになると流石に曖昧ですよ。かなり昔のことですし、それにそこまで仲のいい人なら、記憶に強く残ってるはずですけど」
私はそこまで言って、唸りながら頭を捻った。しかし相変わらず、武藤の期待しているような人物は出てこない。
武藤も私を見てこれ以上の情報は引き出せないと思ったのか、姿勢を正して手帳に視線を落とした。
「そういえば、あんたが姉と最後に会ったのは、事件の当日になるのか」
「え、えぇ。そうですね」
「調書によれば、近隣の住人が助けに入って難を逃れたそうだな。父親が殺傷された絶望的状況からの生還とは、まさに九死に一生だな」
「まぁ、そうですね」
武藤の言葉に反射的に相槌を打った。
姉のことを根掘り葉掘り聞いてきたと思えば思い出したくもない事件当日のことを被害者に話すなんて、よく今まで刑事をやってこれたなと心配になってきた。
しかし、ここまでの会話でこの男は話を返さないと先に進まないとわかっていたので、私は渋々会話を続けることにした。
「助けてもらったといっても、私はその時の記憶がないんですけどね」
「そうなのか?」
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