花の蜜は何より甘く

FEEL

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 武藤は周辺を見回し、両手サイズの石を見繕って持ち上げると、振りかぶるような仕草を見せた。

「こう。まずは後頭部に一撃。不意の一撃に驚いたガイシャが咄嗟に振り向く……そこで鎖骨に一撃。という感じじゃないかな」
「後頭部から? それはまたどうして」
「傷口が綺麗すぎるんです。後頭部を見て下さい。穴からひびが走っていて、傷痕はこの一つだけだ。つまり、力を込めて狙いすました一撃だったということです。しかしガイシャは死ななかった。相当な激痛のなか、何がおきたのかと反射的に後ろを確認する。これにはマル被も驚き、咄嗟に二発目を入れた」

 持っていた石を地面において、死体の近くまで行った。

「この鎖骨。明らかに人為的な損傷を受けているが、後頭部と違ってぼろぼろだ。二発目といったが、厳密には数回は殴られていると考えた方がいい。先にここを殴られているのなら、危険が及んでいるのに後頭部を晒すなんてことはしないでしょう。仮に逃げている最中に殴られたとしても、力のこもった一撃は無理だ」
「ははぁ……なるほど、そういわれればそうですね。でもそれなら、なぜ死体はうつ伏せに? 後に殴られたのが前方からなら、あお向けに倒れるのでは?」
「殴られてもしばらくは生きていたんだろう。この死体。傷口を庇うでもなく、腕を上げている。ここからは完全な予想なんだが、恐らく助けを求めたんじゃないかと思う」
「助け?」
「あぁ。そう思ったのは死体の向きだ。施設の反対側に頭が向いている。山の中だから方向感覚を失いやすいだろうが、こんな近場で帰る場所を間違えることはないだろう。となれば、こちらの方角に施設に向かうより確実な、ガイシャにとって信用の置ける相手がいた可能性がある」
「つまり、犯人に被害者。それとは別にもう一人誰かがいたと」

 話を聞く刑事の言葉に、俺は頷いた。

「更に言うなら。そういう人間が一人いれば、背後から近づくのも簡単だ。複数人いれば、歩くときに出る草木の音なんて気にならないからな」

 言いながら、俺は手についた砂を払って立ち上がった。状況から見た過程の話だが、個人的にはかなり的を射ていると思った。それは話していた刑事も同じようで、「ははぁ、なるほどなぁ」と呟いてから何度も頭を振っていた。

「その話が当たりだとしたら」
「あぁ。これは殺人事件だ。発見者の事情聴取は終わっているのか?」
「それなら済ませてます――おーい」

 刑事が遠巻きに見ていた男に声をかけると、呼ばれた男はこちらに駆け寄ってきた。

「第一発見者の聴取は?」

 聞かれた刑事は「はい」と気持ちのいい声を出して警察手帳を取り出すと、慣れた手つきでページをめくった。

「名前は佐々木恵。児童養護施設の職員で一昨年から働いているようです。ガイシャとの接点はなく、この場所にきたのも子供の捜索で来たのが初めてだそうです」
「子供は? こっちに来たのなら子供が先に発見したんじゃないのか」
「いえ。子供にも話を聞いたんですが。実のところ、脱走したはいいものの、森が怖くてすぐに引き返したらしいんです。職員は分担して周辺を捜索していたので、入れ違いになってしまって発見が遅れたらしい。とのことです」
「なるほど。で、佐々木さんが捜索してた場所がここだったと」

 俺が言うと、男は「そうです」と頷いた。

「誰かこのガイシャを知ってる人間はいなかったのか?」
「いるにはいましたが、変わった話は何も。職場での人間関係が浅いようで、人当たりのいい人間だったということぐらいしか聞けなかったですね」
「そうか。そうなると、俺の推理は怪しくなってくるな」
「推理、ですか?」
「あぁ。これは恐らく殺しだ。そして現場には実行犯とガイシャ、それに接点のある第三者がいた可能性がある。もしこの過程が正しいなら職場関係者に親しい人間の一人でもいるんじゃないかと思ったんだが、アテが外れたかもな」

 俺は軽く笑みを作って言った。職場は駄目でもまだプライベートでの付き合いがある。推理が当たっている可能性は捨てきれないので別に落胆はしていなかった。どちらにしてもここで知れることはもうないだろう。
 そう思って、聴取を読み上げた男にありがとうと言おうとすると、男は手帳のページをめくっていた。

「関係あるかはわかりませんが――同じタイミングで行方不明になった子供が一人います」
「行方不明?」
「えぇ。捜索願も出されていて、何回か山狩りも行ったみたいなんですが、結局見つからないまま捜索は打ち切られたと、職員の方が言ってました」
「――その子の名前は?」
「ええと……衣笠香きぬがさかおり。強盗事件の被害者で精神的外傷が酷く、ここで療養していたようです。両親は共に他界していて、妹が一人いるようです」
「その妹っていうのはどこに?」
「父親の叔父にあたる人物が引き取られて、今は鹿児島に住んでいるようです。名前は衣笠蓬きぬがさよもぎ年齢は二十二歳で、衣笠香とは二つ違いです」
「そうか。ありがとう」

 感謝を述べると、男はハキハキと頭を下げて持ち場に戻っていった。元気のいい姿を見ていると、さっきまで話していた刑事が「真面目でしょう」と、声をかけてきた。

「あいつ、俺の部下なんです。部下といっても優秀なもんだから何も教えることがないんですけど。勝手に察して指示するころにはもう動いてるんだから、教え甲斐がないですよ」
「いいことじゃないか、俺の部下なんてろくでもないぞ。察することもできなければ、指示してもスマホ見てるんだから」

 山口に目をやると。死体をみることに抵抗があるのか、白骨死体をちらりとみては、げんなりとした顔をして目をそらすということを何度もしていた。この様子だと現場検証はまともにできていないだろう。

「教え甲斐がないっていうのなら、アレと取り換えようか」
「可愛げがあっていいですけどね。遠慮しておきます」

 乾いた笑みと共にやんわりと拒否されてしまった。残念だ、割と本気でお願いしたのだが。

「どうかしましたか?」

 視線に気づいた山口が訝しい表情で言った。

「何でもねぇよ。それより移動だ。一旦署に戻るぞ」
「あ、はい。わかりました」

 山口は嬉しそうに返事をする。そこまで死体と向き合うのが嫌だったのか。
 俺は話していた刑事に挨拶をしてからその場を離れると、山口が後ろをついてくる。

「何かわかったんですか?」
「お前、さっきまでの話し聞いてなかったのか」
「え、はい。自分の仕事をしてたんで」
「……お前の仕事は死体とにらめっこでもすることなのか」
「いや、違いますけど」

 皮肉を言ったつもりだったのだが、山口には全く効き目がなかった。その図太さでどうして死体が怖いのか、俺には全くわからなかった。

「事件に関係がありそうな人物が見つかった。これから事情聴取をするために鹿児島に行くぞ」
「あ、そういうことですか。わかりましたよ」
「なにが?」
「事故死を思われた被害者に関係がある人物がいる。つまりこれは意図が隠された殺人事件ってことですね」
「そうだな。名推理だぞ、山口」
「ありがとうございます」

 こいつと話していると頭がどんどん痛くなってくる気がする。

「山口。その頭の回転を生かして、俺が鹿児島に言っている間に調書をまとめておいてくれ」
「え。僕は行かなくて大丈夫なんですか」
「あぁ。調書をまとめるのはお前が適任だ。お前だけが頼りなんだ」
「そ、そうですか? そう言われると悪い気はしないですね。わかりました、任せて下さい」
「そうか。助かるよ」

 山口のチョロさに一抹の不安を覚えた俺は、重荷が一つ減ったことに安堵した。
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