A*Iのキモチ

FEEL

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エピローグ

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 休みが明けた学校では愛の話で持ちきりだった。

「よお、聞いたか翔琉」
「なんだよ幸人」
「垣花さんが連休中に何かあったらしいぞ」
「何かってなんだ?」
「いや、俺もよくしらないんないんだけど。家庭の事情で何かがあったらしい」
「へぇ」
「出所のわからない噂をよくわからないまま広めてるんじゃないわよ」
「げ、夏凪」

 言いながらやって来た夏凪に幸雄はギョっとした顔をした。

「でもよ、垣花さんもやっとクラスに馴染んできたわけじゃんか。そんな子がトラブルって心配だろう」
「まぁ、心配ではあるけど。私たちが心配したってしょうがないでしょう。ねぇ、翔琉」
「えっ」

 急に話を振られて夏凪の方を見る。物腰は柔らかいが恐ろしい眼光だ。そういえば、愛との仲について全然弁解をしていなかった気がする。

「翔琉なら特に仲が良さそうだし。何か知ってるんじゃないの?」
「さぁ……わかんないよ」

 砂浜で愛と別れてから俺は一度も連絡を取っていなかった。いや、取れなかったというべきか。
 あのあと、しばらく放心していた俺は街に戻ろうと電車に向かった。しかし路線の一番端のせいか、それとも単純に田舎なのか、終電はもう終わっていた。とりあえず宿に滑り込み一泊してから始発で帰った。
 それから、家に荷物を投げ捨てた俺はすぐさま十二月晦の家に向かった。愛と一緒に歩いた道を思い返しながらなんとか十二月晦の家に辿り着いた俺は迷うことなくインターホンを鳴らす。しかし十二月晦は出てこなかった。
 諦めずに再度インターホンを鳴らしたがやはり反応はない。十二月晦にとって俺の存在は邪魔でしかないはずだ。だから無視されている可能性は十分にあった。
 玄関門に触れる。すると門の格子はあっさりと開いた。不用心だと思いながらも俺は十二月晦宅の中に入る。
 家の周辺を回ったが物音が一つもない。まるで誰もいないような静けさだった。それもそのはずだ。実際家の中には愛はもちろん、十二月晦も蘭丸もいなかったのだから。
 ラボへと続くシャッターが開くのを確認した俺はゆっくりと持ち上げた。そこには何もなかった。愛が管理されていたモニターも、SFチックなカプセルも、段ボールに詰まった小物までもがなくなっていた。
 空になった倉庫を見ながら愛たちが言っていたことを思い出す。すべての計画が終われば、新しい学校に転校してしまうと。
 ――俺は外に出てシャッターを閉めた。
 つまりはそういうことなのだろう。あの夜の出来事があったとしても十二月晦は計画を実行した。そして俺たちの前から消えてしまった。今はどこで何をしているかなんてわかりようがなかった。

「まぁ、大丈夫なんじゃないかな」

 窓から外を眺めながら俺は適当に返事をした。

「……どしたの翔琉? 愛ちゃんとなんかあった?」

 夏凪が興味深そうに質問してきた。

「別に」
「もしかして喧嘩した?」
「してない」
「じゃあなんで連絡しないのよ」
「連絡先が分からない」
「え……それって」

 なぜだかわからないが夏凪が笑みを浮かべる。

「あのさ、翔琉……話変わるんだけど。今度の休み空いてる?」
「多分」
「じゃあさ、いっしょに――」

 夏凪が何かを言いかけたタイミングでチャイムが鳴った。

「ほら夏凪いくぞ、先生が来る」
「ちょ、ちょっと待って、まだ言い切ってないっ」
「……諦めろって、多分無理だから」

 話しながら遠ざかる二人を見送ってから再び窓に視線を移す。今日はとてもいい天気だ。

「おはよう」

 扉が開く音が聞こえて先生の声が聞こえた。

「あー……と、今日はHRの前にちょっと話がある」
「また転校生ですか?」

 生徒のヤジに先生が手をひらひらさせて答えると、足音が聞こえて生徒がどよめきだした。
 いったい何事かと振り返ると、そこには見慣れた顔が二つあった。

「みなさん、おはようございます。垣花愛です。そしてこちらが――」
「……十二月晦、五月だ。よろしく頼むよ」
「だめですよ姉さん・・・・もっと愛想よくしないと」
「うるさいなぁっ! 私は進級の時点で自己紹介を済ませてるんだよっ。もう一度やってられるか!」

 愛に「姉さん」と呼ばれた十二月晦は怪訝な表情でそっぽを向いていた。

「あー……こっちも今まで知らなかったんだが、垣花さんと十二月晦さんは姉妹ということらしい、名字も違うし色々事情があるんだろうが、まぁ変わらず仲良くしてやってくれ」
「皆さん、改めてよろしくおねがいします」

 愛が丁寧に頭を下げる。クラスのみんなはどよめき始めていた。

「ほらー、騒ぐな騒ぐな。それじゃあHR始めるぞ」

 そう言ってから先生は簡単な連絡事項を伝える。だが俺にはそんな言葉は聞こえてはいなかった。
 ただ、愛から視線を外せずに、彼女の姿だけを追っていた。



「で、何から聞きたいんだい?」

 昼休みになっていつもの人気のない校舎裏に行こうとすると、当然のように愛と十二月晦が付いてきた。
 適当な場所に座り込むと十二月晦は聞いてもいないのに開口一番そう言った。

「いきなりだな」
「どうせ色々聞くつもりだったんだろ。時間は有限だ。早速本題に入ろうじゃないか。愛、弁当をくれないか」
「はい、姉さん」
「……こういう場所でくらいその『姉さん』呼びはやめないか?」
「駄目です。いつどこで、誰が聞いているのかわかりませんから」
「むず痒いんだよ……全く」

 頭を掻きながら辟易とした十二月晦に愛が弁当を手渡す。

「とりあえずその、姉さんってのはなんだ」
「愛が学校に通いやすくする為の処置だよ。今の彼女は前と比べて応答に問題があるからね。それを補佐するために私も復学してきた、わけだ。おお、から揚げが入ってる。気が利いてるじゃないか、愛」

 弁当箱を空けながら十二月晦が淡々説明する。そのままから揚げを指でつまみ上げると口に放り込んだ。

「……ま、私の復学は計画が頓挫して暇になったからというのも大きいけどね」
「頓挫? じゃあAの複製って話は……」
「無理無理、見て見なよ彼女を」

 愛の方に視線を向けるといつもと変わりないように見える。そう、いつもと変わりない。
 つい最近までのように表情をころころと変えたり声色を使って話す様子もなく、最初に見た時のように端正な顔つきを崩すことなくこちらを見つめていた。

「砂浜から連れ帰ってからずっとこの状態なんだ。初期と比べたら多少は人間味があるけど、あの時に見た感情の波はなくなってしまっている。これじゃあデータ化には程遠いよ」
「感情がなくなっている……」

 砂浜で愛が、彼女の中にいるもう一人が言っていた。感情の大部分は自分の影響だと。それがなくなってしまったということは――。

「君は幽霊を信じる派かい?」
「え?」

 から揚げをもう一つ口に放り込み、十二月晦が突然言った。

「まぁ、いるかも知れないしいないかも知れない。っていった感想だけど」
「かー、君はそういうところもどっちつかずだね。自己主張が弱いよ自己主張が」

 別にこの意見も立派な自己主張だと思うが……。

「私はね、断然否定派だ。霊体というものは目撃証言が特定の場所に偏っているのに実際に目撃されたと証明される例があまりにも少なすぎる。私が思うに聞いた知識を元にそこに幽霊がいると仮定した結果、些細な反応と関連付けて存在を認知しているだけだと思うんだ。ようするに、気のせいってことだね」
「どうして急にそんな話を? 何が言いたいんだ」
「話を区切らないでくれ。ここからが本題だ。……君は砂浜で見た愛をどう思った?」
「どうって……」

 十二月晦が言っているのはもうひとりの愛だとわかっていた。だが彼女をどう形容したものか、少しだけ考えるのに時間を使った。

「……わからない、本人はバグのようなものだと言っていたけど」
「バグッ。プログラムの不具合かっ、面白い意見だね。でもそれにしては出来過ぎたバグだと思わないかい」
「……出来過ぎたとは?」
「そうだね、ゲームのバグを想定してみてくれよ。バグだってデータだ、上手く再現すれば意図的に起こすことは出来る。しかし本来は想定していない動きだから元々のプログラムに重篤な影響を与えてしまうんだ。フラグを無視したり、ゲームが強制終了したりね。でも愛にはそんな動きは見られなかった。極めて自然に立ち振る舞い、私との対話に成功している。きわめつけは蘭丸だ」
「蘭丸? なんで蘭丸が出てくるんだ?」
「愛はあの時、蘭丸のことをジューロク号だと言った。君も聞き覚えがあるだろう?」
「……いや」
「むむ?……あぁそうか、君は記憶が一部欠落しているんだったね。これは失礼」

 十二月晦は頭に手を当てて申し訳程度に頭を下げた。

「別に気にしなくていいよ。それよりジューロク号って呼んだのが何になるんだ?」
「うん。ジューロク号というのは蘭丸を作った際につけた仮の名前だ。試作機16号機だからジューロク号。それを伝えたのはAをはじめとした君のグループだけだった。必要がないからもちろん愛にも聞かせたことはない。だが、愛はその名前を言ったんだ」
「どこか十二月晦の知らないところで愛が知ったとかは?」
「いえ、私は個体名『ジューロク号』なんて存在は知り得ません」

 十二月晦に質問すると、愛が間髪いれず答えた。

「おかしな話じゃないか。仮にバグが愛を動かしていたイレギュラーだったとしても、肝心の愛にジューロク号という情報が仕込まれてない以上その言葉は出てこない。バグを意図的に起こしても、プログラムの隙を突いたとしても、機械は絶対にプログラム以上のことは出来ないはずなんだ」
「話が見えてきた。つまり十二月晦、お前はあの時の愛をバグではなくて幽霊だといいたいわけだな。ジューロク号という名前をしっている霊体が乗り移っていたと」
「言っときながら信じられない話だけどね」
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