A*Iのキモチ

FEEL

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「全く、どいつもこいつも私の邪魔ばかり……いい加減にしてくれないか」

 十二月晦は大げさに腕を上げて肩をすくめた。芝居掛かった動きとは対比するように、瞳には感情がない。

「蘭丸」

 十二月晦が蘭丸の名を呼ぶと横を飛んでいた蘭丸は地面に着地する。そしてプロペラの音よりも煩い排気音を鳴らした。

「え」
「愛ッ!?」

 瞬間の出来事だった。
 愛の声が聞こえたと思った途端、糸の切れた人形のように愛はその場に崩れ落ちた。急いで駆け寄るが愛の反応はない。死体のように脱力して、完全に動きを止めている。

「十二月晦っ! 何をしたんだ!」
「みっともないから取り乱すのをやめてくれないかい。ただ電源を落としただけだよ。自分から来ないこちらが勝手に運ぶだけだ」
「そんな、愛を物みたいに……!」
「実際、物だろう。私が作った人形だ。所有権は私にあり、つまりはどうしようとも私の勝手だ」
「確かに愛を作ったのは十二月晦、お前だ。だけど、愛は自分の意思で戻ることを拒んだっ。彼女には尊重するべき意思がある!」
「愛が尊重されるのはこれからだ。もっとも、別人としてだけどね」

 十二月晦が言うと同時に彼女の背後から大型の機械が現れた。脚が戦車のようにキャタピラになっていて上部には介護用ベッドのように側面に手すりがついている。

「兵器……?」
「馬鹿をいっちゃいけない。これは災害時の崩れた地形を想定した搬送用ベッドだ。とある病院からの要請で作ったのはいいが量産に費用がかかりすぎるって文句を言われてね。放置していたのを持ってきたのさ。愛は人の力じゃ運ぶのは骨だからね」

 大型機械が愛の前までくると上部が傾斜する。そして砂浜の砂ごと掬うように愛の身体に触れた。

「ほらほら、近くにいると危ないよ」
「待てっ!」

 制止の声を上げながら俺は機械にしがみついた。力いっぱい引っ張ってみるが当然の如くビクともしない。砂に食い込んだ上部が平らに戻ると、吸い寄せられるように愛は機械の上に乗せられてしまった。

「くそ、愛っ! 起きろっ、愛ッ!」
「電源を落としてるんだから起きる訳がないだろう。一人でにブレーカーが戻ったらホラーだよ翔琉君」
「うるさいっ! 起きてくれ、愛っ!」

 手すりの隙間から腕を伸ばして愛の身体を揺する。重い。前に愛のことを背負ったことがあるが胴体だけでも相当な重さだった。今の状態の愛を引き抜くことは俺の力では不可能だ。
 愛を乗せる大型機械に至ってはどうしようもない。自動車のような重厚感を持っている機会にただの人間が勝てる訳もない。見たところ十二月晦が操縦している訳でもなさそうだから、進路上に立ちふさがったとしても踏みつぶされるのがオチだろう。
 十二月晦に食って掛かるのも論外だ。こんな大型機械まで用意してきたんだ。他にもなにか用意しているかも知れない。
 結局のところ、俺にできるのは愛に呼びかけるだけだった。十二月晦の言う通り無意味な行動だったとしても、やれることをやるしかない。
 もう――。

「もう、好きな人が目の前から消えるのは嫌なんだ……っ!」

 不意に、愛に触れた手が掴まれた。

「愛……?」

 腕を掴んでいたのは愛だった。そのまま愛はゆっくりと目蓋を開く。びっくりしたがその光景になによりも驚いたのは十二月晦だった。

「いや、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。おかしい、そんなことがあるわけないっ!」

見るからに気が動転している十二月晦は愛を見て腰を抜かす。

「ら、蘭丸、蘭丸っ。愛の主電源は切ったんだろう!?」
「はい、間違いなく今の愛に動力はありません」
「じゃあなんで動いているんだいっ! ありえない、非科学的だ!」

 十二月晦の声が聞こえていないように愛はゆっくりと上体を起こす。だが少しだけ、ほんの少しだけ様子がおかしく感じた。

「お前――」
「後は任せて」

 愛は俺の言葉を遮るようにそう言った。そのまま大型機械から降りると迷いなく十二月晦の方へ歩いていく。

「ひぃ、ひいいいぃぃぃぃぃっ!」
五月・・ちゃんにも怖いものがあったんだね。勝手にこういうのにはびっくりしない子だと思ってたよ」
「え……」

 十二月晦は愛の言葉に目を丸くしていた。

「こんばんわ、ジューロク号。あ、ごめん。蘭丸って名前をつけたんだっけ」
「はい。お好きな方で呼んでください」
「ジューロク……うそ……なんで……」

 十二月晦は信じれないものをみる様子で愛の姿を見ていた。いや、愛の姿を通して別の姿が見えていたのかもしれない。

「五月ちゃん。もうこんなことやめよう。女の子一人犠牲にして新しい人間を作るなんて間違えてるよ」
「……やめられないよ。私は君がいないと、何も出来ない。前に進めないんだ」
「前には進んでいるじゃない。私がいなくなったことでこんな立派なロボットを作って、もっと凄い事をしようとしている。それをべつの方向に生かせばいいだけだよ」
「無理だ! 私がここまで頑張ってきたのは、君がっ、君ともっと遊びたいからなんだ! その目標がなくなったら私は……」
「五月ちゃん……」

 愛――少女は十二月晦を抱きしめた。
 優しく、母親が子供にするようにしっかりと腕を回す。最初は驚いていた十二月晦だが、すぐに表情が歪み、涙が溢れ出ていた。

「なんで……なんで死んじゃったの……」
「ごめんね……」
「もっと話したかった、もっと友達らしいことをしたかった。君は私の初めての友人なんだ……」
「うん……」

 十二月晦は少女に腕を回して強く抱きしめた。離さないように、逃がさないようにしっかりと。
 俺はその様子を黙ってみていた。この状況で口を挟むのは野暮ってものだ。ただ、事の成り行きをじっと見守っていた。

「あのね、五月ちゃん。大事な話があるの」

 抱きしめながら、少女がゆっくりと口を開く。

「五月ちゃんが手に入れたと思っている愛ちゃんの感情、それは間違いなんだ。確かに彼女も感情を学び、理解し始めている。このまま成長していけば人のように振舞えると思う。でも、今は違う」
「どういうこと……?」
「今愛ちゃんが見せている感情は五月ちゃんが人格形成のベースとして組み込んだ私が構築した感情なの。私は機械やオカルトなんてさっぱりだからよくわからないけど。翔琉君とデートしてから、急に愛ちゃんの中で芽生えた。それを愛ちゃんと共有していただけなんだ。だからこのまま愛ちゃんのデータを上書きすれば――」
「……付随している君の感情。ひいては感情そのものが消えてしまう」

 症状は頷く。

「そうなれば心のない私が生まれてしまう。それは五月ちゃんも望んでいることじゃないでしょ?」
「なら、それならっ、君のデータだけを抽出してしまえばいい。そうすれば私には何も問題はないっ」
「五月ちゃんにはね」

 少女は十二月晦から離れて自分の胸に手を置いた。瞳を閉じて心音を確認するように体を丸める。

「でも、どっちにしても愛ちゃんは消えていしまう。彼女は心の中で消えたくないと言っている。好きな人と一緒に過ごし、笑い、同じ時間を共有していきたいと考えている……もうこれってさ、立派な女の子だと思わない? 彼女はもう、五月さんの人形じゃないんだよ。彼女の命を好きに扱っていい権利なんて、もう、誰にもないと思う」
「でも……でも……それじゃあ君が……」
「五月ちゃん。死んだ人は何があってももう生き返らないよ」

 戸惑っている十二月晦に少女は言葉を強めて言う。

「五月ちゃんが作ろうとしている複製のことは知ってる。この子の中で見てきたから。でも、そこには私はいない。それは五月ちゃんにも分かっているでしょう」
「……わかっている、わかっているさっ! でも、そうしないと私はこの哀しみに耐えられないんだっ! 今の私には、君のいない人生なんて意味がないんだよっ!」

 十二月晦は言い終わると共に号哭する。彼女の気持ちは俺も痛いほどわかってしまった。
 俺もAが死んだ時、どうして人生をやっていけばいいのかわからなくなっていた。心にぽっかりと穴が開いてしまったように、何も感じなくなっていた。それでも親友だけには迷惑をかけまいと、親友たちには明るく努めていたが、実際は虚無だった。
 でも、そんな折に愛が現れた。いきなり告白してきて疑似恋愛を持ち掛けられて、要求がのめないとビームまで打つおかしい女の子。そんな彼女の相手をしている間に、開いた穴は少しずつ埋まっていって、ここまでやってこれた。
 だけど、十二月晦にはそんな相手はいない。彼女はいつまでもAだけが大事な人間で、それ以外のすべては等しく他人だ。だから彼女のは苦しんでいる。心を埋めようと必死になっている。それが痛いほど伝わってきた。

「そこまで私のことを大事にしてくれていたんだね」
「……うん」
「ありがとう。私、五月ちゃんが友達になってくれてよかった」

 少女は言い終えると同時に崩れ落ちるように膝をついた。

「あ、あはは……もうそろそろ限界みたい。動けたのも奇跡みたいなものだから、しょうがないか」
「ま、まってっ! 蘭丸、愛の電源を入れるんだっ、お願いっ早く!」

 慌てる十二月晦に手を伸ばし、少女は十二月晦を制止する。

「残念だけど意味がないよ。電源が入ったとしても愛ちゃんが表に出て来るだけ。わかるんだよ。私はそういうものじゃ、ないって」
「そんな……」

 十二月晦は絶望の表情を見せる。
 彼女は何をしてももうすぐ消えてしまう。確信はないがそうだと思えることに十二月晦は泣き顔を見せていた。

「……五月ちゃん。最後に一つお願いするね。愛ちゃんを消さないで。彼女も大事な友達だから、いなくなっちゃったら悲しいもん」
「……」

 十二月晦は答えなかった。肯定も否定もせず、ただ黙って話を聞いていた。

「それから、五月ちゃんも前を向いて生きて。それで私が驚くくらいの発明をいっぱいして、あの世に来た時にいっぱい教えてよ。私楽しみにしとくからさ」
「……」
「お願い。本当に後生だから」
「……わかった。約束する」
「……良かった」
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