A*Iのキモチ

FEEL

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 夜が明けて気持ちのいい日差しが部屋に差し込んくる。今日は雨が降らなさそうでホッとした。

「そろそろ行こうか」
「はいっ」

 愛は元気よく返事をした。

「なんだか元気だな」
「だって、大きな荷物を持って遠出なんて、まるで旅行みたいじゃないですか」

 愛は目一杯膨らんだ旅行用のバッグを指で指す。瞳はキラキラと輝いていた。
 時間は午前五時。駅までは歩いていくから電車も走っているだろう。
 愛を返さずに一夜経ったが十二月晦は迎えに来なかった。思惑通り気を遣ってくれたのか、それとも別の何かを考えているのかわからないが、いつやってくるのかわからない。早いところ家を出た方が良さそうだ。

「そろそろ行くぞ。鍵を閉めるから先に出てくれ」
「わかりましたっ」

 愛は楽しそうに窓を開けて躊躇う事無く飛び降りた。窓から顔を出して確認してみると何事もなくこちらを見ていた。
 俺の姿を見て手を振る愛を尻目に、窓を閉めて部屋を出る。

「お待たせ」
「ううん、私も今来たところっ」

 わざとらしくその場でクルリと一回転した愛は元気な口調でそう言った。
 手を後ろに、上体を斜めに構えて辛そうな姿勢だ。

「……故障か?」
「恋愛ものでこういう描写がいっぱいあるんです。せっかく類似したシチュエーションなので真似してみました」

 今日の愛は全くもって元気である。

「翔琉君、反応が薄いですよ」
「愛の姿に見惚れていて反応できなかったんだ」
「なら許しましょう」

 いったい何を許されたのかわからないが、許してくれたみたいなので駅に向かう。

「あ、少し待ってください」
「忘れ物か?」
「概ねそうですね」

 言いながら愛は髪の毛をかき上げるように腕を動かす。しばらく髪に埋もれた手をもぞもぞと動かすと手を引き抜いた。手には十円玉くらいのサイズをした四角い物体が乗っていた。

「なんだそれ?」
「GPSです。私の位置情報をラボに送り届けているので、身に着けているとどこにいるのかバレてしまいます」
「GPSってそんな簡単に取り外せるものなのか……」

 愛はGPSを家のポストに投入する。

「これで確認に来るまでは私が翔琉君の家にいると思われるはずです。それじゃあいきましょうか」
「わかった」

 頷いてから駅に向かう。愛の言葉通りならかなりの時間を稼げる。その間にできるだけ遠くに移動して姿を眩ます算段を考えなければ。
 駅までの道中は平和なものだった。朝方の休日ということもあって人通りが少なく、たまにすれ違うのは犬を散歩させているおじさんおばさんぐらい、十二月晦や蘭丸に出会うこともなく駅についた。

「さて……」

 券売機の前で路線図を眺める。
 ここから離れるといってもそもそもアテがない。だからどこに向かおうかと悩んでいた。
 悩んだ末に今いる駅から一番遠い駅に向かうことにして切符を二人分買った。

「ほら、いくぞ」

 一枚を愛に渡してから改札を通ってホームに降りる。ホームには人気がなく、外気が吹き付けて薄着のせいか少しだけ肌寒く感じた。

「寒いですか?」
「少し、でも問題ないよ」

 風が運ぶ寒さよりも降り注ぐ日光の方が暖かい。俺はこういう天気が好きだ。過ごしやすく、のどかで、つい心が緩んでしまう。なんだか俺まで旅行気分になってきた。

「翔琉君」

 電車が来るのを確認していたら愛に呼ばれた。
 振り返ると缶のお茶を持っていた。

「買って来たんです。良かったらどうぞ」
「あぁ、ありがとう」

 受け取ると缶は暖かかった。むしろ熱いくらいだ。でも自販機をチラッと見た時には暖かい飲み物が売ってなかったはずだが……。

「暖かいものが無かったので私の排熱で温めました。中まで温まっていればいいのですが」
「べ、便利だな……」

 プルタブを空けると飲み口からうっすらと湯気が立ち上る。これは暖かそうだ。ゆっくりと口をつけつと少し熱いくらいのお茶が喉を通って胃に流し込まれていく。冷えた体が急速に温まり安堵感が体に広がる。

「ふぅ……美味しいよ、ありがとう愛」
「どうしいたしまして」

 いつのまにかぴたりと横についていた愛は顔だけこちらに向けて優しい笑顔を向けた。最近になって気づいたことだが、彼女は笑うと頬肉が強調されて子供らしさが感じられる。それを気にする人もいるらしいが、俺には愛の子供っぽい笑顔がとても可愛い物に見えた。
 Aと同じ顔をしているが、彼女の笑い方はもっとおしとやかというか、微笑を向けてくるようなものが多かった。それがここまで変わるとなると、やはり愛の心中にある気持ちは愛のものなのだろう。

「私の顔をじろじろとみて、何かついていましたか?」

 不思議そうな表情を作り愛は首を傾げた。

「いや、いい笑顔だなと思って。愛の笑顔はこんな感じなんだって」
「えぇ~~。なんですかそれ、口説かれているみたいで恥ずかしいです」
「率直な意見だ。他意はない」
「……翔琉君はいい感じになると急に突き放すところがありますよね」

 そりゃそうだ。俺たちは成り行きで色々すっとばしているがまともに付き合っているわけではない。未だに疑似恋愛状態なのだから、ラインは守らなければならない。
 と、いうのは建前で本当は彼女に対してどう接していいのかわからなくなっていた。
 俺の心の中にはまだAの存在がいる。彼女は俺の中でとても大きなもので、そう簡単に消し去ることなんて出来やしない。だがそれは愛も同じだ。
 長い時間彼女を共にして少しずつ感情を手に入れて自分を出すようになった彼女を見ていると胸に空いた穴を埋めるように、心が癒されている感覚がある。こうしてなんてことのない会話をしている間ですら、その気持ちは俺の心を癒してくれる。だが、好きかどうかで考えると愛が好きなんだと実感がわかなかった。
 もちろ知り合いとして、友達としては彼女が好きだ。そうでなければここまでして愛を失いたくないと考える訳がない。それに愛はとても可愛い。好きだったAと同じ外見をしているのだから、俺がそう思うのは当然といえば当然なのだけど。
 だからといって愛を恋愛対象として見ているのかどうかと言われると怪しいところだった。

「ごめん」
「え、じょ、冗談ですよ」
「いや、それでも謝らせてくれ。ごめん」
「いいですいいです、全然気にしてませんよ。むしろそういう急に冷たくなるところも個人的にはアリだというか……何を言ってるんでしょう私」

 自分の性癖を暴露する愛を余所に俺はまだ考え込んでいた。
 俺にとって愛はどんな存在なのか。

「あ、ほらほら、電車来ましたよ」

 独特な空気に困惑していた愛は遠くからやってくる電車を指で指し言った。
 電車はホームに到着してほどなく扉が開く。ホームの状態を見てそうだろうと思っていたが、車内もガラガラで貸し切りといっていい状態だった。 
 電車に乗り込んで適当な椅子に座る。車窓からホームを覗くと人の姿はなかった。つまり十二月晦はまだこちらを追ってきていないということだ。ホームの入口を監視していると、警笛の後に扉が閉まって列車が動き始めた。

「とても順調ですねー!」

 椅子に座った愛は嬉々として声を弾ませる。よほど機嫌がいいのか両足を揃えてぶらぶらと動かしていた。
 確かに順調だ。順調すぎるといってもいい。俺としてはここまで来る間に一悶着があるくらいに考えいたのだが、驚くほどに何もない。気を張っているせいなのか良いことのはずなのに不安感が募っていく。
 時計を見ると家を出てからまだ三十分程しか経っていない。自分の不安感は性急だと思った。それぐらいの時間ならまだ十二月晦は俺の家にすら向かっていないかも知れない。

「心配しすぎか……」

 ゆっくりと走る電車の速度で揺られながら駅で見た路面図の縮小版に目を通す。この路線は基本的に一本道のようで、目的地までいって帰ってくるようだ。途中乗り換えれる場所がいくつかあったが、知らない駅で時間を取られるのは困る。
 やはりここは乗り換えせずに終点まで乗ろう。

「愛。このまま終点まで乗るぞ」
「終点ですか、どんなところなんですか?」
「そうだな……一度遊びにいったことがあるけど、近くに海岸ある海の見える町だな。海開きには観光客で賑あうみたいだけど、今だと人も少ないだろうな」

 今のシーズンには海の水は冷たく、それでもやってきて遊んでいるのはサーファーという人種くらいだ。彼らは暑かろうが寒かろうが、雨が降っている時だって構わず海に飛び込み、高い波を待っている特殊な人たちだ。
 そういう稀有な人たちは置いといて、寒くなってきた今の時期にはがらんとしているはずだ。若い男女がうろついていてもそこまで気にする人もいないだろう。

「でも、『木を隠すなら森』という言葉もありますよ」

 俺の考えと反対のことを愛が主張する。

「GPSがない今、捜索をするなら視覚での確認になります。それなら少しでも人の多いところに行くのが最善なんじゃないでしょうか?」
「そうだな、それは俺も考えた。でも人が多いところというと例えばどこがある」

 愛は顎先に指を立てて考え込むポーズを取る。

「繁華街とか、それこそ都会とかになりますかね」
「そうだ。そして俺たちの住んでた場所も住宅地というだけで近隣は十分都会と言える。人の多い場所というのはそれだけ密集している訳だから、別の街に移ろうとしてもせいぜいが駅で数駅ってところだ。それだと距離が稼げないだろう」

 県を跨いで別の都会に行くのならともかく、今の俺たちにはそんな予算も時間もない。そうしてまごまごしている間に十二月晦なら何かしらの策を取る可能性がある。例えば簡易型の蘭丸みたいなドローンを大量に作成したローラー作戦だとか、そういう人海戦術に頼って来た場合、近隣ならすぐに見つかってしまう。
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