A*Iのキモチ

FEEL

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「翔琉君、どこにいくつもりですかっ」
「一度家に戻る。どこに行くにしても荷物が必要だ」
「い、家っ!? それに荷物って……本気で逃げるつもりなんですかっ?」

 本気に決まっている。本気と書いて大本気マジだ。
 冗談や酔狂でこんな大ごとを実行できるはずがない。俺の頭の中は蒸気機関車の如く煙を上げるほど熱くなり、ここからどこか遠くに行くことしか考えてなかった。
 繁華街を抜けると街の明かりが一気になくなり夜の闇が辺りに広がった。
 街灯を頼りに家路に向かう。愛を連れまわすことに遠慮はしていないが、急いでいるわけでもない。
 十二月晦も愛が今日俺と一緒に居るのは把握しているはずだ。そしてその理由も。それなら一日くらい俺が愛を返さなかったからといってそこまで気にすることはないと思っていた。
 仮に連絡が来たとしても無視し続ければいいだけだ。そうしている間に遠くにいってしまえばそう簡単に見つかる事はない。それから先はその時に考えればいい。
 考えている間に自宅の近くまでやって来た。静かな住宅街を通り抜けて家の前まで来るとそのまま扉を開けた。

「おかえりなさい……えっ!?」

 扉を開けてすぐに母親がこちらを見て驚いた。驚愕の表情を取る母親の視線の先には愛がいた。

「Aちゃん、Aちゃんがなんで……?」

 しまったと思った。親に見られることは想定してはいたのだが、すっかり見慣れた愛の容姿のことまでは頭に入ってなかった。
 愛の容姿はA本人だと言ってもいいくらいだ。今にして思えば五月晦がAの中身を入れる外側として作ったものだから当然なのだが、Aを知る人がいきなり愛を見ればこうなるのは考えるまでもない。
 そういう事情を知らない愛はホラー映画ばりの驚き顔を見せる母親にぺこりと頭を下げた。

「初めまして。私は翔琉君と同じ学校に通っている垣花愛と申します。突然夜分に申し訳ありません」
「え……あぁ、垣花……あらそう……ごめんなさいね。ちょっと違う子と勘違いしてしまったわ」
「いえ、気にしてません。実は学校でも同じようなことがあったんです」
「あらそうなの、そうよねぇ……」

 母親は言いながらまじまじと愛の表情を見る。明らかに失礼な振舞いだが、愛は笑顔を崩さずに立っていた。

「もういいだろ。俺たち部屋にいくから」
「え、えぇ……」

 いまだ戸惑っている間に、母親にそう言ってから部屋に向かった。家に上がる時、愛はもう一度頭を下げて俺の後に続く。
 部屋に入って扉をしめるまでの間。母親はずっとこちらを見ていた。

「はぁ……」

 自分の部屋に入るとなんだかどっと疲れがやってきた。今日は色々とありすぎた。

「じゃあ、荷物をまとめるからどっか適当なところに座ってくれ」

 言いながら俺は引き出しを開ける。
 何はともあれ衣服は必要だ。何日くらい家を空けるのかわからないから旅行用の大型カバンを取り出して詰めれるだけ詰め込む。
 後は金だ。現金、カード類も用意しないと。

「本当に逃げるつもりなんですね」

 荷物を詰め込んでいると愛の声が聞こえた。

「だからそう言ってるだろう」
「ここで逃げたとして、いつ戻れるか。そもそも戻って来れるかもわからないんですよ。それでもいいんですか」

 愛の言葉に荷物をまとめる手を止める。
 とにかく動こうとしていたが、愛の冷静な一言でブレーキがかかる。

「それにどこか遠くに行ったとして、住む場所はどうするんですか? 私はともかく、翔琉君は雨に打たれでもしたらすぐに体を壊しちゃいますよ」
「そんなのホテルでも取れば――」
「そのホテル代は? 貯蓄があったとしても収入がなければいずれ追い出されます。しかし未成年の翔琉君に働ける場所がありますか?」

 愛の話はいちいち的確で正論だ。意気揚々と準備をして出て行ったとして、すぐに手詰まりになるのは冷静に考えれば俺にだってわかることだ。
 やるせなさに体が震える。これほどまでに自分が子供なのが恨めしいと思ったことはない。でも、それでも。

「それでも、もっと愛といたいんだ」

 ひねり出すように口にした。言葉だけ聞くとまるで子供のわがままみたいだけど、今感じている本心だった。
 直情的だと自分でも思うけど、今の俺は例え一分、一秒でも愛と長く共に一緒にいたかった。
 こんな無責任な感情なんて愛からすれば迷惑だろう。それも十分承知している。だから俺は変に理由をつけずに率直に伝えた。

「確かに愛の言う通り逃げ続けるなんて不可能だし、かといって十二月晦を説得するなんてもっと不可能だ。どちらにしても愛のことを助けることなんて俺には出来ない。それでも、俺と一緒に逃げてくれないか?」
「……今日の翔琉君は随分と自分勝手ですね」
「我ながらそう思うよ」

 実際ここまで自分の意見を出すのは滅多にない。
 愛にそう言って見せると口角をゆるく上げて微笑んだ。

「私も、翔琉君と一緒にいたい、です」
「愛……」
「これも感情のせい、なんでしょうね。私も消えたくない……もっと翔琉君と色々なことがしたいと感じています。疑似的な恋人としてではなく、本物の思い出を」
「それって……告白、か?」

 少しの間を置いて俺がそう言うと、愛は徐々に顔真っ赤に染めていく。
 それだけなら可愛いものだが、赤らみはどんどん深紅に染まり、しまいには頭頂部から湯気まで上がって来た。

「いや……あのっ、その……はい、そういうことになります」
「なんだか男の俺がいうのもあれだけど、ロマンもへったくれもないな」
「しょうがないじゃないですか、自分の気持ちを素直に伝えたらこういう感じになっちゃったんです!」

 声を荒げながら愛は必死に反論する姿に俺は楽しくなって笑みを作ってしまった。
 きっと、俺が求めていたものはこういうものなのだ。これから先、ずっと先まで、愛とこうやって話をしてみたい。まだまだ知らない彼女の一面を見てみたい。その為ならこんな逃亡生活も分けなく感じる。

「でも、すぐに逃げるのはあまりよろしくないかもしれません」

 愛は咳ばらいを一つして、そう言った。

「どうしてだ。もちろんそこまで急ぐ気はないが、早くに出た方がいいのは間違いないだろう」
「いえ、考えてみてください。おそらく創造主は私が翔琉君の家にいることを把握しています。一度家で落ち着いた私たちがもう一度外に出る。しかも行き先は全く土地勘のない遠方だとしたらどう思いますか?」
「……意図がわからない。わからない以上確認にいくしかないと思う」

 愛は頷く。
 十二月晦が求めているのは愛の外側、つまりボディパーツだ。それが想定外の時間、場所に移動したとなれば確認に行くのは確かに必定だ。愛の身に何かがあれば予定が大幅に狂ってしまうからだ。

「なのでここは裏をかきましょう。明け方、始発が動くまでここで待機して、その後に移動します」
「始発……でも移動はするんだろう? 出て行く時間が変わるだけで結局は探しにくるんじゃないのか?」
「いえ、明け方まで待つことで追跡の可能性はかなり減らせます」
「どういうことだ?」

「えっと」と愛は言いずらそうに一拍間を置く。

「夜が明けるまで男女が一緒にいるということはそういうこと・・・・・・ですよね……」
「そういうこと、……あ、ああっ!」

 愛が何を言いたいのかを察して手を叩く。
 俺の反応を見て愛は気恥ずかしそうに少しだけ顔を下した。

「反応が大げさすぎます」
「す、すまない……」
「それでですね。そういう夜の後に遠出をするというのは、最後のお別れをしているように感じませんか?」
「ははぁ、なるほどな」

 つまり愛はこう言いたいのだ。
 別れを惜しんだ二人がその場の空気にながされて一夜を過ごす。そしてロマンチックに少し遠出をして最後の思い出を作るというシチュエーション。それなら十二月晦の目を欺く時間稼ぎができるのじゃないかと。

「こういう理由付けを関連させることができれば創造主は例え僅かでも「そういうことなのかも知れない」と思考します。私たちはその隙をついて出来るだけ距離を離す。現状だとこれが一番成功率が高い計画だと思えます」
「十二月晦の思考能力の高さを利用する訳か。確かに何も考えずに逃げるよりかは時間は稼げそうだな」

 十二月晦はああ見えて優柔不断な気がある。完璧さを求める故か常に最善を探して行動を止める傾向があるのは前から感じていた。だからこそAの複製という大胆な計画もここまで時間がかかっているのだろう。同時に愛のボディパーツを求めているのもそうだ。時間はかかるのだろうが、別に愛のパーツだけが目的なら新しい素体を作ればいい。それなのに時間を優先しているところを見るに彼女の完璧主義な人柄が見えてくる。
 であるならば、些細でも何かしらの理由があれば十二月晦は考え込むだろう。それが数秒でも数十分でも、俺たちには有難い時間だ。ただ、

「この作戦には一つだけ問題が、ある」
「なんでしょうか?」

 見当がつかない愛は首を傾げた。

「さっき愛は夜を明かすといったが、それは言い換えれば夜の間ずっとここにいるということになるよな」
「そうなりますね」
「てことは……俺と愛は夜を明かすの?」
「……!」

 折角落ち着いてきた愛の表情がまたしても赤く染まる。

「んな、な、なな……」
「明かす……? 夜」
「不思議な倒置法を使わないでください! あくまで待機しておくだけです。本当に致さなくても問題はありませんっ」
「そうか……愛だってベッドの上で座ってるからてっきりそういうことなのかと」
「翔琉君が適当なところに座ってと言ったのでしょう! 他意はありませんっ」

 目途が見えたから軽い冗談で場を和まそうとしたのだが、愛は怒ってそっぽを向いてしまった。冗談って難しい。
 明け方に出発することを決めてから、時間を潰すという名目で俺と愛は雑談を始めた。
 今まで必要最低限の会話しかしてこなかった二人は改めてお互いを知るところから会話を始めた。
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