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十二月晦の意図が読めてきた。こいつは俺が協力しないとこいつをばらまくといっているんだ。フェイクといえどもさっき見たカメラ映像は画質が悪く、加工の跡が見当たらなかった。その上俺はAの件から孤立気味で、アリバイを立証できる条件を揃えられない。車の壊れ方が何か硬い物にぶつかった様子だったから、そこを説明すればいいかと思ったが、なぜそうなったのかも説明できないと結局は言い訳染みた憶測になってしまう。俺一人では否定のしようがない。
つまり、この動画を上げられたらクラスヒエラルキーどころではなく、社会的に底辺まっさかさかまで落とされる。情報で殺されてしまうという訳だ。
「表情が辛そうだよ。もう状況を把握できてきたのかな。相変わらず君は頭の回転が速いね」
「それは皮肉か?」
「素直に褒めているのさ。私は賢い人間は大好きだ。余計な話をしないで済むからね」
「……余計な会話っていうのはこの映像を処分して俺とはもう関わらないでくれって交渉も含まれてるのか?」
「含まれてるね。ここでの返答は「やる」か「やらないか」の二つだけだ」
十二月晦の威圧するような口調に俺は押し黙った。といっても悩んでいるわけではない。このフェイクを看破する方法がない以上俺に選択肢はないのだから。
それでも黙り込んでいたのは上手くいいくるめられた苛立ち。悔しさ。そしてAのことだった。
十二月晦のやり方にはとても賛同が出来ないが、もし、もしもだ。彼女のいった通りにAが生き返ることができるのなら、それは俺にとっても周りにとってもとても喜ばしいことなんじゃないかと思っていた。
死者が突然蘇れば周りは慌てふためくだろうが、それも十二月晦は対策を考えていると言っていた。それならAも奇異の目に晒されることもない。手伝わない選択肢が書き消えたからら、頭の中ではそんなことばかり考えていた。
だが一つ、どうしても一つだけひっかかることがあった。
「愛は、どうなるんだ?」
愛の身体はAを母体になると言っていた。であるならば体を失った愛はいったいどこにいってしまうというんだ。さっきの話ではデータのバックアップを取っているということだったからいなくなってしまうということはないだろう。
だが、体がなくなれば自由に出歩くこともできなくなる、そうなった場合。彼女はずっと、余生をパソコンの中で過ごすことになるのだろうか。
今日、一緒に出歩いた愛の姿が記憶の中で蘇る。覚えているAとは似ても似つかない愛だったが、彼女は間違いなく今日という日を楽しんでいた。気がする。それをパソコンに閉じ込めてしまうというのはなんとも気が引ける思いだった。
しかし、俺の想像が的外れと切り捨てるように十二月凪は言った。
「Aの再現が終われば彼女に用はない。消去する事になるだろうね」
「消……去? どうして?」
背もたれに体重を預けながら十二月晦は怪訝な表情を作る。
「当たり前だろう? Aが完成した場合。愛にも感情が芽生えているというこになる。そのまま放置していたらどうなると思う? Aが愛の存在に気付いて自分の出自に辿り着いたら大問題だ。それに愛だってその時点で人間と同じ思考が出来るようになっているだろう。自分が今までしていたことを新型機が引き継いだら不満が生まれるかも知れない。となれば消すのが一番簡単で手っ取り早いじゃないか」
十二月晦はどこまでいっても科学者なんだと思い知らされた。彼女からすればどこまでいっても愛は機械で、役目が終われば処分する。新しい掃除機を買ったから古いのを捨てるというのとまったく同じ感覚しか持っていないだ。
「でもほかに、ほかに何かあるだろう?」
「いーや、ないね。さっきもいったけど、愛を残しておくのはリスクが高すぎるよ。何か残す方法があったとしてもね」
「……そう、か」
十二月晦はどこまでも頑なだった。愛の処置についてもっと話し合いをしようと思ったけど、返答を寄せ付けない物言いに黙るしかなかった。暫くの沈黙で質問はもうないと思った十二月晦は話を本題に戻す。
「さ、改めて答えを聞かせてもらおうか。協力するのかしないのか」
「……やるよ。選択の余地はないだろう」
いつぞや機械工作部で脅かされた時とはわけが違う。あんな映像を流されたら俺はもれなく犯罪者。そうならなかったとしても社会的信頼はもう手に入らないだろう。このまま生きていくのなら、断る選択肢なんて存在しなかった。
「いやいや、君ならそう言ってくれると思っていたよ」
十二月晦は嬉しそうに拍手をした。
「愛の調整には数日かかる。それまでは病欠扱いにしておくから。戻ってきたらまたいつも通りに頼むよ」
「ああ……わかった」
重い返答を返すと十二月晦は「蘭丸っ」と叫んだ。するとほどなくして蘭丸が部屋にやってくる。
「翔琉君がお帰りだ。近くまで送ってやってくれ」
「わかりました」
「……いや、いい。一人で帰れるよ」
「そうかい? でも君も事故被害者なんだ。もし何かあったら――」
「愛が守ってくれたから、大丈夫。それに、一人になりたいんだ」
言いながら俺はラボの出入り口に向かった。十二月晦は不服そうに事故後のリスクについて語っていたが、蘭丸は何も言わずに俺が出て行くのをその場で見送ってくれていた。
外に出ると室内との温度差で体が凍えるようだった。陽は傾き始めていて、結構な時間が経っていたのだと気付かされる。俺は一度だけラボのシャッターを尻目に見てから、十二月晦家を後にした。
帰り道。頭の中はぐちゃぐちゃだった。
愛の目的はAの複製を作ること。
そして、それが達成されたら愛は処分される。
体はそのままAの人格が乗っているわけだから、体はそのまま、愛は記憶という名のデータを抹消されてこの世から消えてしまう。
十二月晦には愛に対してAと同じだけの情熱があるとはとても思えない。つまり、Aの複製を作ったように、愛の複製を作ることはできないと見た方がいい。消えてしまったら最後、完全な死を迎えることになる。
考えをまとめてみても、やはり訳が分からないままだった。そもそも死んだ人間を生き返すというのが、荒唐無稽すぎて思考がついていかない。
「なんて面倒なことに巻き込まれてしまったんだ」
後悔を口に漏らしてみると風が強く吹いて呟きは搔き消えた。まるで風に弱音を吐くなと愚痴を取り上げられたような気がした。
つまり、この動画を上げられたらクラスヒエラルキーどころではなく、社会的に底辺まっさかさかまで落とされる。情報で殺されてしまうという訳だ。
「表情が辛そうだよ。もう状況を把握できてきたのかな。相変わらず君は頭の回転が速いね」
「それは皮肉か?」
「素直に褒めているのさ。私は賢い人間は大好きだ。余計な話をしないで済むからね」
「……余計な会話っていうのはこの映像を処分して俺とはもう関わらないでくれって交渉も含まれてるのか?」
「含まれてるね。ここでの返答は「やる」か「やらないか」の二つだけだ」
十二月晦の威圧するような口調に俺は押し黙った。といっても悩んでいるわけではない。このフェイクを看破する方法がない以上俺に選択肢はないのだから。
それでも黙り込んでいたのは上手くいいくるめられた苛立ち。悔しさ。そしてAのことだった。
十二月晦のやり方にはとても賛同が出来ないが、もし、もしもだ。彼女のいった通りにAが生き返ることができるのなら、それは俺にとっても周りにとってもとても喜ばしいことなんじゃないかと思っていた。
死者が突然蘇れば周りは慌てふためくだろうが、それも十二月晦は対策を考えていると言っていた。それならAも奇異の目に晒されることもない。手伝わない選択肢が書き消えたからら、頭の中ではそんなことばかり考えていた。
だが一つ、どうしても一つだけひっかかることがあった。
「愛は、どうなるんだ?」
愛の身体はAを母体になると言っていた。であるならば体を失った愛はいったいどこにいってしまうというんだ。さっきの話ではデータのバックアップを取っているということだったからいなくなってしまうということはないだろう。
だが、体がなくなれば自由に出歩くこともできなくなる、そうなった場合。彼女はずっと、余生をパソコンの中で過ごすことになるのだろうか。
今日、一緒に出歩いた愛の姿が記憶の中で蘇る。覚えているAとは似ても似つかない愛だったが、彼女は間違いなく今日という日を楽しんでいた。気がする。それをパソコンに閉じ込めてしまうというのはなんとも気が引ける思いだった。
しかし、俺の想像が的外れと切り捨てるように十二月凪は言った。
「Aの再現が終われば彼女に用はない。消去する事になるだろうね」
「消……去? どうして?」
背もたれに体重を預けながら十二月晦は怪訝な表情を作る。
「当たり前だろう? Aが完成した場合。愛にも感情が芽生えているというこになる。そのまま放置していたらどうなると思う? Aが愛の存在に気付いて自分の出自に辿り着いたら大問題だ。それに愛だってその時点で人間と同じ思考が出来るようになっているだろう。自分が今までしていたことを新型機が引き継いだら不満が生まれるかも知れない。となれば消すのが一番簡単で手っ取り早いじゃないか」
十二月晦はどこまでいっても科学者なんだと思い知らされた。彼女からすればどこまでいっても愛は機械で、役目が終われば処分する。新しい掃除機を買ったから古いのを捨てるというのとまったく同じ感覚しか持っていないだ。
「でもほかに、ほかに何かあるだろう?」
「いーや、ないね。さっきもいったけど、愛を残しておくのはリスクが高すぎるよ。何か残す方法があったとしてもね」
「……そう、か」
十二月晦はどこまでも頑なだった。愛の処置についてもっと話し合いをしようと思ったけど、返答を寄せ付けない物言いに黙るしかなかった。暫くの沈黙で質問はもうないと思った十二月晦は話を本題に戻す。
「さ、改めて答えを聞かせてもらおうか。協力するのかしないのか」
「……やるよ。選択の余地はないだろう」
いつぞや機械工作部で脅かされた時とはわけが違う。あんな映像を流されたら俺はもれなく犯罪者。そうならなかったとしても社会的信頼はもう手に入らないだろう。このまま生きていくのなら、断る選択肢なんて存在しなかった。
「いやいや、君ならそう言ってくれると思っていたよ」
十二月晦は嬉しそうに拍手をした。
「愛の調整には数日かかる。それまでは病欠扱いにしておくから。戻ってきたらまたいつも通りに頼むよ」
「ああ……わかった」
重い返答を返すと十二月晦は「蘭丸っ」と叫んだ。するとほどなくして蘭丸が部屋にやってくる。
「翔琉君がお帰りだ。近くまで送ってやってくれ」
「わかりました」
「……いや、いい。一人で帰れるよ」
「そうかい? でも君も事故被害者なんだ。もし何かあったら――」
「愛が守ってくれたから、大丈夫。それに、一人になりたいんだ」
言いながら俺はラボの出入り口に向かった。十二月晦は不服そうに事故後のリスクについて語っていたが、蘭丸は何も言わずに俺が出て行くのをその場で見送ってくれていた。
外に出ると室内との温度差で体が凍えるようだった。陽は傾き始めていて、結構な時間が経っていたのだと気付かされる。俺は一度だけラボのシャッターを尻目に見てから、十二月晦家を後にした。
帰り道。頭の中はぐちゃぐちゃだった。
愛の目的はAの複製を作ること。
そして、それが達成されたら愛は処分される。
体はそのままAの人格が乗っているわけだから、体はそのまま、愛は記憶という名のデータを抹消されてこの世から消えてしまう。
十二月晦には愛に対してAと同じだけの情熱があるとはとても思えない。つまり、Aの複製を作ったように、愛の複製を作ることはできないと見た方がいい。消えてしまったら最後、完全な死を迎えることになる。
考えをまとめてみても、やはり訳が分からないままだった。そもそも死んだ人間を生き返すというのが、荒唐無稽すぎて思考がついていかない。
「なんて面倒なことに巻き込まれてしまったんだ」
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