A*Iのキモチ

FEEL

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「名前さ、ジューロク号っていうのも可愛いけど、もっとちゃんとしたの付けてあげたら? 喜ぶかもよっ」

 名前、つまり名称だ。私はそんなものに特別興味を持っていなかった。私の名前だって読みずらいとすら感じていて、個人を認識できるのなら番号で十分だと考えている。無論、この考え方は一般的ではないのもわかっている。
 そしてジューロク号は人工知能だ。名前を付けずに番号で呼ぶ、ともすれば学習機能の効率に影響を与えるかも知れない。しかし名づけをするだなんて初めてのことだ。私はジューロク号のフォルムを眺めながら思い悩む。悩み、悩み。どれくらい悩んでいたのかわからないが、気が付けば授業はとっくに始まっていて社会の授業がはじまっていた。
 授業内容は歴史の講義。戦国マニアな教師は何かにつけて戦国武将の逸話を例に出す、感情的な教師だった。いつもは授業というより趣味語りといった方が適切な授業だったが、今回は役になった。
 話の内容は織田信長の半生をまとめたものだ。その過程に出てきた蘭丸という小姓の名前に私は強く惹かれた。
 信長がこよなく愛し、また蘭丸もそれに応えて最後まで共に添い遂げる忠誠心。私の友達になるジューロク号にはぴったりじゃないか。その瞬間から、ジューロク号は蘭丸になった。
 放課後になり、私は蘭丸を抱えてお節介さんを探した。いつもならあちらから私のところに来て話かけてくるのに、今日は既に帰ってしまったようだった。名前を付けたことを報告したかったのに、タイミングが悪い。
終業からまだ間も経ってないから下駄箱まで行けばどこかで会えるだろう。そう思って私は下駄箱まで移動した。ワクワクと言う気持ちが体を揺らし、足は勝手に走り出していた。
下駄箱の近くまで来るとお節介さんの笑い声が聞こえた。やはりまだいた。靴箱の陰から身を乗り出して彼女を姿を捉える。そこには、楽しそうに。本当に楽しそうに笑うお節介さんの姿と、朝に見た翔琉という男子が一緒にいた。校庭を背景に楽しそうにしている二人は青春ものの一ページみたいで、割って入ることなんてとても出来ない。暫くその光景を眺めていたあと、私は荷物を取りに、一人教室に戻った。
 お節介さんはいつも笑っている。もちろん私に対してもだ。でも、あんな表情はみたことがなかった。本当に、心底楽しそうに、心の底から笑っていた。私はあんなお節介さんを見たことが無かった。恐らくだけど、あの翔琉という男はお節介さんにとって特別なのだろう。そう思わざるを得ない。胸がチクリと針が刺さる。いったい何を気にしているんだか。
 もともと私は一人でいることに決めていたのだ。お節介さんが他の誰かと仲良くしていたって、気にする必要がない。私はそんな人間じゃないのだから。
 心の中でそういい聞かせるが、そうするたびに頭の中でさっき見た光景が頭をちらつく。記憶の中ではにかんだ笑顔を見せる彼女が出てくるたびに、ちくちくとした胸の痛みは抜けるどころか痛みを増すばかりだ。

「ああ、もうっ!」

 教室についた私は苛立つ気持ちを扉にぶつけた。そのままずかずかと自分の机に向かい、蘭丸と鞄を手に取って教室を後にする。
 やっぱり、人間なんてものはロクな物じゃない。信じられるのは機械だけだ。この娘たちは製作者である私のいう通りに動く。ずっと私のそばにいてくれる。ずっと私と遊んでくれる。
 家に帰りラボに入ると、早速机に座って図面と向き合う。その日から私は、我ながら憑りつかれたような集中力で作業に向かった。蘭丸で自立思考型のロボット制作、そのノウハウを掴んだ私はいよいよ、友達となりえる人間を模した機械工作に着手したのだ。
 これさえ完成すれば、彼女と友達になることが出来れば。もやもやした気持ちも、胸に残る痛みも。すべては解決するはずだ。そう思った。しかし、さすがに人型ともなると工程がとにかく多く、私は学校を休むことがおおくなっていた。それでも、時間が合えば通学していたが、不規則な通学にお節介さんが疑問に持たないわけもなく、久しぶりに学校に言った時、声を掛けられた。

「久しぶりだね~、最近来てないから心配してたよ」
「あぁ、今色々と忙しくてね。少し大掛かりな工作をしているんだ」
「大がかりって、この子より凄いやつ?」

 彼女は蘭丸を指さした。

「彼女は蘭丸だ。君に言われた通り、名前をつけてみた」
「へえ~! いいじゃない蘭丸。格好いいし可愛い。蘭丸もそう思うよね?」
「わかりませんが、個体名を付けて頂けたのは嬉しいです」
「ほら、ほらっ。やっぱ嬉しいんだよ名前があるとっ」
「わかったわかった、疲れてるから近くで声を荒げないでくれ」

 久しぶりの再会だというのに、いつもと変わらない彼女の態度に安心感を覚えていた。少し話すだけで色々と考え込んでいた不安が吹き飛び、平常心で彼女と話せる。だがそれも二人でいる時だけだ。

「あ、十二月晦さん来てるじゃん」

 翔琉が手で挨拶をしながらこちらにやって来た。この瞬間、私とお節介さんとの交流は途絶えてしまう。翔琉に向かって彼女が話し、翔琉は彼女に面白おかしく答える。私はただ傍観して、その姿をテレビでも見ているかのように眺めていることしかできなかった。
 もちろん、お節介さんも、翔琉ですらも、誰も悪くない。むしろ知己である二人が仲良く話しているのは自然なことだ。頭では十分すぎるほどに理解している。でも、それでも……。

「……今日は帰るよ、用事を思い出した」
「え、五月ちゃん……?」

 戸惑うお節介さんの声を無視するように、私は荷物をまとめて教室を出た。これ以上この空間で、彼女が私以外の誰かと仲良くしているのを見るのが耐えられなかった。
 家に帰った私はすぐさま人型人工知能の制作に取り掛かった。心に堪った鬱憤を晴らすように、寝食を忘れて制作を続ける。なんとか通っていた学校も、気が付けば行かなくなっていた。行こうとしても、頭の中にはお節介さんと翔琉が楽しく話す姿を想像して、尻込みしてしまっていた。
 だがそのおかげで製作は驚異的なスピードで進んでいた。元々機械工作の技術があったのもあり、骨格の形成は容易いものだった。自立型だとメンテナンスの機会が減ることも考慮して、消化器官や生理機能を模した構造を作り、長期的な活動が出来るように機能を厳選。食べ物でエネルギーが取れないので心臓部に大容量バッテリーを設置、コンセントでの充電を可能とするとともに太陽光で補助的な充電ができるように頭髪も厳選した。皮膚はシリコンを仕込み、皮膚部分はエストラマーゲルの硬度を調整して限りなく皮膚に近い弾力に――。計画、試行錯誤を幾度も重ねていき、二か月経ってなんとか納得のいく形に組みあがった。
 保存培養液に完成した素体を静めて全体を眺める。髪などを移植してないからまだまだ人形の素体みたいだが、見てくれは女子高生そのものだ。後は人工知能部分を――。

「マスター、少しお時間よろしいでしょうか」
「どうした蘭丸」
「SNSで目撃した情報ですが、本日早朝に人身事故がありました。事故に遭ったのは運転手含めて三名。内二名が死亡、一人が重症です」
「それはご愁傷様。でも事故なんて日本中どこでも起きてるものだ。どうして急に報告なんてしたんだい?」
「それはマスターにも接点がある話だからです」
「接点ね、残念ながら私には学校内での知り合いが少ない。運転ができる大人もろくに――」

 言いかけてある考えが頭に浮かんで言葉が止まった。蘭丸に説明した通り、私には車を運転できる知り合いなんていない。とすれば関連があるのは被害者側だが、私の交友関係なんて限られている。でも、そんなまさか。

「――被害者の二人は」
「いつもマスターに話しかけていたお節介さんと翔琉さんです。死亡したのはお節介さんで、ほぼ即死に近い状態だったようです」
「……そんなばかなことがあるかい」

 彼女とは学校で話して以来会っていない。蘭丸の言うことが本当なのだとしたら、その記憶を最後に、もう彼女に会うことも、話すこともできなくなったということだ。あまりに現実離れしている気がして、信じることができなかった。

「蘭丸、頼みがある。学校まで飛んで様子を確認してきてくれ」
「わかりました」
「こちらからモニターで確認してるから、お節介さんがいそうな場所を手当たり次第に回ってくるんだよ」

 言いながら開けた窓から蘭丸が羽音を鳴らして飛んでいく。その姿を確認してからありったけのモニターの電源を付けた。普段はデータ計の確認に使うモニターだが、チャンネルをカメラに切り替えて蘭丸からの映像を確認する。準備が終わるころには蘭丸は学校についていた。
 ルート構築でもしているのだろうか、蘭丸は暫く待機したあとにゆっくりと校舎周りを回る。玄関門、校庭、そして校舎の外側からクラスの様子を窺う。しかしクラスの様子いつもと変わった様子はなく、平和そのものだった。
 その姿にホッと息を漏らす。やはり蘭丸の勘違いだったのだ。彼女は人気者なのだから、もし本当に事故にあっていたら、もっと深刻な状況になっているはずだ。安心したのも束の間、モニター画面を見ていると違和感に気付く。翔琉とお節介さんが教室にいない。
 すぐに時間を確認するが、HR五分前、いくらなんでももう登校していないと遅刻が確定してしまう時間だ。彼女がそんなミスをしたのを見たことがない。背中に嫌な汗が流れた。
 それから五分静観していたが、教師が教室にやってこない。異常な事態にクラス内は雑談を始めていたが、私は追い打ちをかけられたような気分になっていた。心臓がバクバクと脈打ち、体が硬直したみたいな感覚で息ができない。まさか、まさか本当に……。
 そこまで考えたタイミングで、モニターに先生が走ってくるのが見えた。明らかに狼狽している。乱暴にドアを開けた先生は廊下から頭だけ教室に入れた体勢で何かを伝えたのち、再び廊下を走って教室から離れて行った。同時に、教室内は一変、騒然とした空気になっている。
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